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「奇岩城」または「奇巌城」

モーリス・ルブラン作のアルセーヌ・ルパンものとしてはおそらく最も有名、かつ評価の高い傑作。高校生探偵の目線で描かれているためか子供版も多く出版されており、ルパンの中でもこれだけは読んだという方が多い作品です。

とある伯爵邸での深夜の殺人事件と盗難事件が物語の発端。
負傷して動けないはずの犯人の失踪、犯人を傷つけた令嬢への復讐、現場に残された暗号文、名探偵の誘拐……。不可解な事件を小さな事実から見事に解き明かしていく天才高校生とルパンとの戦いは、意外な展開につぐ展開の末、二千年にわたるフランス史の大いなる謎にまで迫っていきます。


壮大かつ度肝を抜く物語で、初めて読んだ時はそりゃもうワクワクしたものでした。高校生イジドール・ボートルレの頭の良さに感心し、それ以上の力を見せ付けるルパンに圧倒され、フツーにマリー・アントワネットの名が出てきた時は「おおー、さすが地元!」と感動し、宝物と冒険とおフランスに憧れる小学生女子の心をわしづかみにしたものでした。

しかし、個人的にはルパンものの中でも最も読み返すことの少なかった作品。
面白かった割になぜなのか、ちょっと考えてみました。


おそらく一番の理由はストーリーをよく覚えていたから。だから「どんな話だったっけ?」とページをめくる必要がなかった。
ようするにそれほど面白く、インパクトがあったということですね。
でも理由は他にも何点かあります……。







この作品の主人公は誰が見ても高校生探偵のボートルレ君。ルパンはボートルレ君の思考や視線を通して描かれており、ルパンの力についても、ボートルレ君の知恵を知る毎に知っていく、といった話の作りになっています。
他者から見たルパンである分、その凄さは得体の知れない部分も含めてとてつもなく強大。作品中では多少の浮き沈みこそあれ「ルパンおそるべし!」の評価で一貫しており、彼の偉大ぶりが華やかに描かれています。

が、長年のルパンファンのこちらとしては、謎解きはもちろんだけど読みたいのはやっぱりルパンの物語。ルパンが何を考え、何を思ったか。彼の感情がどう動いたのか。
彼にのめりこんでしまうと本作のルパンは長編の割には少し物足りない。事態の変化と共に動いていく彼の思考と行動をもっと堪能したいのに。

令嬢と恋愛関係に陥る状況や、彼女のために泥棒稼業を捨てる決心をした葛藤とか、書いてもらいたかったなあ。

初めて読んだ時、ああいう状況下で恋人同士になれるということに驚いたのですよねえ。遥か昔の10才そこらの頃ですが。
今なら理解できるけど、にしても今でもわかりにくいのは彼女の性格。
泥棒を銃で撃ち、一人で捕まえにいくほど気骨のある女性だったのに、ラストで再登場した彼女は自ら銃を構えた女性とは別人の印象を受けます。しとやかでやさしげで、妻だから女っぽくて当たり前なんだけど、にしてもちょっと剛毅さに欠けるのです。
ううーん、これってやっぱりルパンか?ルパンのせいなのか?
そうであるならなおさら彼女とルパンの恋愛話が読みたかったよ。

とはいえ、やはり彼女は大事なものを守るためならどんなことでもする女性でありました。
泥棒をやめる程彼女にベタぼれだったルパンは、最後の最後に大悲劇に見舞われてしまいます。

そう、この作品を読み返さない最大の理由に、あまりに彼らが可哀相だからというのがあります。
そして更なる理由に、彼女を結果的に殺してしまうのがシャーロック・ホームズだからというのがあります。

本作のホームズはかなり問題です。
もともとルパンものにホームズが出てくることが気に入らないのですが、執筆当時の事情はどうあれ、やっぱり彼は出してほしくなかったなあ。
ルパンもホームズも、それぞれの作品世界で最高の知恵者として存在してもらいたい者としては、このホームズは残念で仕方ない。
それをいうならボートルレ君もガストン・ルルーの「黄色い部屋の秘密」っぽい少年であるのだが、結果的に本作は傑作になっているのだから、その辺りはよしとするしかないのでしょうねえ。


とまあ、ルパンの他作品と比べて読み返すことの少ない「奇岩城」ですが、面白いことには変わりありません。特にフランス史が好きな方には次々出てくる歴史上の人物にニヤリとすること間違いなしです。

実は本作に限らずルパンものはフランスの歴史を知らないと厳しいことが時々あります。でも日本の女子は「ベルばら」のおかげでフランス革命(の前半)にはやたら強いので、ルパン、特に「奇岩城」への親しみは持ちやすいのではないでしょうか。

最近久しぶりに読み返しましたがやはり面白い。
冒険歴史推理小説として傑作だと、改めて思った一作です。
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by teri-kan | 2009-04-08 10:30 | アルセーヌ・ルパン | Comments(0)

本や映画、もろもろについて思った事。ネタバレ有。


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