「怪盗紳士ルパン」

記念すべき最初の作品「アルセーヌ・ルパンの逮捕」から始まる、9編からなる短編集。
もともと持っていたのは創元推理文庫だったのですが、2編未収録だったということでハヤカワミステリ文庫も購入。現在ではこちらの方をよく読んでいます。

ミステリとしてとても楽しめるし、全て二十代のお話なのですが、若々しいルパンの活躍と失敗が描かれていて非常に面白い。好きな女性に泥棒現場を目撃されてうろたえるところなんか若さ丸出しだし、後のように厚顔無恥じゃないところも興味深い。
8作目「黒真珠」で「泥棒はいい商売なのになぜ皆やらないんだ?」なんてうそぶく場面があるのですが、これなんて若いからこその台詞だなあと思います。自分の能力への自画自賛と共に、後ろめたさもちょっと入ってますよね。泥棒が真っ当でないこと、ルパンはちゃんとわかってるんですよ。

後に「ルパンの冒険」でなぜ泥棒をやるのかと乳母のヴィクトワールに問われて「楽しいから」と言い切ったルパンは違います。商売とか職業とか言い訳無用。ここまでくるとさすがに自分に正直になっていますが、彼が泥棒するのはまさしく今もその後も「楽しいから」なんです。それしか理由はないのですよ。

正確にいうなら泥棒行為そのものは自分でも因果な性分だと思っているフシがあって、楽しいも楽しくないも関係なく、ただ「そこにお宝があるから」という理由だけで手を出していると思われるのですが、それによって人が驚くこと、人が賞賛すること、不可能を可能にするための計画を知力をフル回転させて立てること、それを遂行するスリルを味わうこと……そういった諸々を味わうことが彼の言う「楽しい」なのですね。自分の行為によって引き起こされる様々なことが「楽しい」のです。

この「怪盗紳士ルパン」を通して読むと、ルパンにとって冒険とは遊びのようなものなんだとつくづく思わざるをえなくなります。彼は泥棒を「商売」と言っていますが、どう考えても生活するためにお金を稼ぐというのとは違うんですよ。
確かに彼にとって泥棒は生きるために必要なことですが、いわゆる生活手段ではなくて、言うなれば食事のような、生命維持のために必須の栄養分みたいな感じなんです。これをしないと血の巡りが悪くなるとか、そういった類の栄養分。
だってあの脱獄の仕方なんてどう考えても道楽ですよ。さっさと逃げられたものを世間と警察をアッと驚かせるためにあんなコツコツ地道に準備するなんて、普通じゃありえない(苦笑)。



今回久々に読み返して思ったんですが、ルパンってやっぱりロクでもないと言いますか、泥棒ってやっぱり真っ当な人のすることじゃないんですよね。子供に読ませるもんじゃないと本国フランスでは言われてるそうですが、そりゃそうだろうなあと改めて感じました。

で、なんで日本では子供も含めてルパンが人気なのかということなんですけど、それは「ルパン三世」を見てもわかるのですが、なんで石川五右衛門が今ももてはやされているのかというのと同じことのような気がするのですね。一体なんで釜茹でまでされた世紀の大盗賊を日本人は好きなのか。

これを考えるとなぜ江戸時代の町人は石川五右衛門を好きだったのかというところまでさかのぼるのですが、詳しい考察は自分には無理なのでそれはここら辺で置いておくとして、少なくとも江戸時代というやたら平和な時代を長々と過ごせたことは理由の一因としてあるのではないかと思います。平和な人達がアウトローを好むというのはおそらくあると思うのでね。
といいつつ、これは今思いついた説なので責任持てません(笑)。
適当に読み流して下さい。


本作の詳しい中身については、また後日にでも。
[PR]
by teri-kan | 2009-05-07 12:12 | アルセーヌ・ルパン | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< アルセーヌ・ルパンの翻訳事情 ゴールキーパーは最後の砦 >>