「源氏供養」

橋本治の「源氏物語」評論、というかエッセイ。

私は社会人になってもいろんな先生の評論集を買って読んでたくらい「源氏物語」が好きだったのですが、なんで安くはない本を買ってまであんなに「源氏物語」について知りたかったのかなあと振り返って思うに、物語の底に流れる「何か」が知りたくて、紫式部が結局何を書きたかったのかが知りたくて、それでいろんな評論を読み続けてたのですね。
そしてその「何か」を教えてくれたのが「源氏供養」で、これ以降私の源氏評論あさりはパタリと止んだのでした。


「源氏物語」の何を知りたかったのかというと、結局ヒロイン紫の上はどういう人物で、この作品でどういう役割を与えられているのかということだったのですが、これがなかなか難しかった。

源氏に最も愛された女性として羨まれると同時に、最も不幸な女性として気の毒にも思われている紫の上。
彼女の不幸はいろいろあるのですが、最大の不幸はなんといっても生涯出家を許されなかったことで、当時の出家はイコール俗世を捨てる、即ち女を捨てるということだから、それが許されなくて不幸と言うなら、やはり彼女の不幸は女である事そのものということになる。

それはわかるのです。わかって、なおかつ「では女である事はどういう風に不幸なのか?」という事になると、掴めそうで掴めない。具体例は物語中にたくさん出てきて、その一つ一つにこちらもうなずくけれど、じゃあその背景にあるのは何かとなると、感覚ではわかるんだけど言語化できない。
紫の上は不幸で、しかし源氏とはある意味理想的な夫婦関係を築けてもいた。では不幸でもあり幸福でもあった紫の上とはどういう人かとなると、これもなかなかまとまらない。

橋本治はそれらを大変わかりやすく説明してくれて、しかも一言で言い表してもくれました。

「紫の上は走る少女だった」

もう目からウロコです。








「源氏供養」下巻の紫の上のくだりは、もうなんか素敵というか、胸に痛いというか、彼女と源氏の関係の強固さと、そうであっても女は女であるだけで生きづらいということが具体的に書かれてあって、ものすごく腑に落ちる。この辺の読者の身体感覚で実感させる説明力はすごいのですが、ホント、紙の上だけの解説にとどまってないのです。

今の女性は紫式部の時代よりも多くの自由を手にしていて、今どう生きていくかは今の女性達の課題、というようなことを本作は言います。
確かに「源氏物語」は平安時代だから、大人になった紫の上は文字通り「そこに座っているだけ」のようにして家の中に置かれるのだけど、これはある意味女である限り現代の女性にも通じる永遠の命題であるように思います。

たとえば出産か仕事かの選択。
育児休暇を終えて職場復帰しようと思っても無理矢理辞めさせられたりとか、保育所に空きがなくて仕事に行けないとか、自分の意思に反して家に閉じ込められる女性は今だって存在する。「家にいるのが嫌なら子供を生むな」とは、もちろん誰も言えなくて、そもそも皆がそんな選択をしたら社会そのものが壊れちゃう。
女の位置は現代でもそんな狭間にあって、千年前とは社会も生き方も変わっているけど、女であるための悩みは変形しつつも、根っこの部分では結局同じ形で存在しているのです。

「走る少女がいずれはそれを許されなくなる」というのは、実は今も昔も変わらない。
物理的に外に出歩けなかった千年前の絶望感とはもちろん比較にならないけど、今も共通する苦しさだから今の女性も紫式部に共感して、だから今でも「源氏物語」はたくさんの人に読まれる。
「そうそう、男ってひどいよね」とか「嫉妬はしんどいよね」とかいった共感だけじゃない、もっと根源的なところで感じる共感が「源氏物語」にはあるのです。



「女は生きづらい」というのが「源氏物語」のテーマだというのは昔から言われていたことだけど、女君の苦労の背後に、確かにあるはずなのにどうにも説明しにくい何か、「社会制度が悪いんだ」とか「もうしょうがない、女なんだから」と言うだけではピンとこなかった何か、千年前と今をつなぐそういった何かを、「紫の上は走る少女だった」の言葉で理解させてくれた橋本治には感謝。

そして「女の生きづらさ」なんて事ばかりをここには書きましたが、「源氏供養」はもっと気楽に読めるし、読んでて楽しいエッセイです。
「源氏物語」のストーリーを知ってる人で、当時の生活様式や価値観といったバックグラウンドを知って物語世界を深めたいという方、登場人物の心理を細かく知りたいという方、特に主人公・光源氏を理解したいという方、そういった方々に最適な本の一つだと思います。

橋本節が苦手でない人にはオススメ。
実は結構古い本だけど、今は文庫本も出てるので手に入れやすいはず。
機会があれば是非読んでもらいたいです。




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by teri-kan | 2009-12-11 10:27 | | Comments(2)
Commented by かのん at 2013-04-19 11:34 x
こんにちは。

>「紫の上は走る少女だった」

橋本治さんの言語感覚は、やはり、面白いですね~^^

エッセイは読んだことがありますが、小説類はまだで・・・
でも同じく、目からウロコ!と思ったのが、「桃尻語訳 枕草子」での
<春って曙よ!>・・・

私は、「源氏物語」より清少納言の「枕草子」の世界が好きだったので
この書き出しに斬新さを感じたものの、本に手が出なかったですわ^^;

紫の上は、田村先生の「巴がゆく!」で出てきてから興味が湧いてきましたね。
上総は巴を紫の上の様に育てたかったのかとか・・・

「走る少女」だなんて、まるで巴にピッタリじゃないですか!?

源氏が本心から愛した女性は、みな紫系統の名を持っていたわけで、
その紫の上系17帖の物語こそを、本当に書きたかったんじゃないかと言いますね。
紫の物語の作者ということで、もとは”藤式部”だったのが”紫式部”に
なったみたいだと。。。
Commented by teri-kan at 2013-04-19 15:50
かのんさん、こんにちは。

私も橋本治は小説の方はほんのちょっとしか読んだことがなくて、もっぱら評論を楽しんでます。
今現在も新刊を読んでるところなんですが、なかなか進まない……(苦笑)。

「桃尻語訳 枕草子」は私も立ち読みだけなんですけど、橋本治なら源氏物語より枕草子って方の方が多いかもしれませんね。
「桃尻語訳」というフレーズは耳につきやすくて興味をそそられやすいし。

紫の上はねえ、少女を自分好みに育てる男の夢の代名詞に完全になってしまってますよねえ。
まあいいんですけどね。
光源氏しかり、代名詞になるというのはすごいことなんで、しかも綺麗な名称だし、紫の上計画はまあいいんだけど、でもそんなに上手くいくはずないですよね。
光源氏くらいマメな男じゃないとね。
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