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「BASARA」その4

赤の王は「王家に災いをなす者」という言われ方をして、同じ「運命の子供」でも希望の星だったタタラと比べたら悲惨すぎる子供時代を送ってるんですが、焼印を背に負って運命に向き合うしかなかった朱理の人生は壮絶ですね。
更紗の運命は作品中でさんざん語られて、その葛藤も丁寧に描写されているけど、朱理の運命については実はそこまでではなくて、でも外伝「KATANA」のおかげでいろいろと気付くことができたといった感じです。




「王家を滅ぼす運命の子供」は二ヶ所に分かれて生まれ落ちたけど、革命側と王家側とどちらに生まれるのが辛いかとなると、多分王子でありながら王家を滅ぼす任を担って生まれた者の方が辛く、自身も目指した革命が成った暁には王家の代表として処刑される運命を与えられた者の方が多分辛い。
権力者として愛する女の家族をそうと知らずに殺してしまう運命を与えられた者の方が、自業自得とはいっても、おそらくきっと辛いのです。

恨みはやわらぐ、憎しみはいつか消える、というのは本作のテーマの一つだけど、じゃあ後悔はどうなのか。
朱理は外伝で口にしている通り、更紗から愛する者を奪った自分を例えようもなく後悔していて、それは彼がその事実を知った時から心に抱えていたもので、おそらくこの先も抱え続けていくものでしょう。
それはたとえ相手に許されたとしても生涯消えないものだけど、じゃあ消えないからといって許されることすら彼には許されないのか。王家を滅ぼす人間がよりによって王家に生まれてしまったのは少なくとも彼のせいじゃない。彼が王家に生まれる種をまいた者の責任でもあるだろう。
……といったことを思う何かがこの物語の運命には作用してて、 だから「運命の子供」の片方は女として生まれてきたと考えられるんじゃないかと、今では結構確信しています。
まあはっきり言ってしまえば、タタラが女なのは赤の王を救うためなんですよ。

タタラが男だったら絶対最後のあの場面で赤の王を殺してるし、たとえ女でも自分が「運命の子供」だという予言に囚われていたなら、多分タタラは赤の王を殺す。でも更紗は「タタラ」でありながら「タタラの運命」に縛られていない女の子で、だから素の女の子の部分で最後に朱理を選んでしまう。
そのように更紗が朱理という個人を全肯定するというのは、赤の王としての運命に立ち向かい続けた彼にとってほとんど癒しであるし、死を前にした救いでもある。そこに赤の王としての功罪はもう関係なくなっていて、もちろん彼に与えられた運命もこの時はきれいさっぱりどっかに行ってしまう。
だからここの彼は素に戻りすぎて、ちょっとふぬけてもいる。それまでの朱理なら自分達にめがけて矢が放たれた時、絶対更紗を下にして自分が盾になるんだけど、そういうのももうどうでもよくなってるんですよね。

赤の王の側から「運命の子供」を見直すきっかけになったのは、彼の曾祖母が白虎の持ち主を愛して共に戦うことに幸福を感じた人だったからなんですが、朱理という異端児を王家に生み出すきっかけとなったのは間違いなくこの王妃となったタラで、そんな彼女の曾孫をそう簡単に死なせることはできないという玄象なりなんなりの意思がタタラの性別に関わっていたのではないかと考えたら、ちょっと面白いと思う。ついでに双子の兄を存在させたというのも、絶妙すぎるくらい面白い。

まあ面白いと言うのはお話的に面白いということで、更紗には大変でした。
彼女に選ばれて朱理は救われるけど、最後まで自分は兄の代理だと信じていた更紗の心はその分とてもしんどい。愛した男が兄を殺した人物だったというのもしんどいし、真実を知ってなお彼を愛する自分を自覚するのもしんどい。
でも運命が更紗をそうしたのだから更紗はそれを受け入れるしかないし、受け入れた後はもう周囲の判断にまかせるしかない。

最後、更紗が朱理を選んだのは運命だけど、更紗と朱理の命を救ったのは運命ではないというところが、多分「BASARA」という物語の一番の肝になるんだと思います。



(まだ続く)
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by teri-kan | 2010-06-07 01:57 | 漫画 | Comments(0)

本や映画、もろもろについて思った事。ネタバレ有。


by teri-kan
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