時鳥

今年はほととぎすの鳴き声をよく耳にします。
こないだは夕方に鳴いてました。
大抵真夜中に聞こえることが多いのですが、今年は鳴きたがりのほととぎすが近くにいるのかもしれません。デカい声の時はうるさいくらいです。

ほととぎすは「春がうぐいすなら初夏はほととぎす」ってくらい季節感のある鳥で、しかも夜に鳴くので特徴的です。
本当に「特許許可局」って言ってるんですよね。
「テッペンタケタカ」とも言いますが、まあ要するに「キョキョキョッ」って感じなんだけど、それに節がつくと「トッキョキョカキョク」になる。
おもしろい鳴き声ですよね。ちょっと微笑ましくて、聞こえてくると温かい気持ちになります。

ほととぎすは漢字表記が山のようにあるのですが、代表的なものといえば「杜鵑」「時鳥」「子規」「不如帰」「郭公」……でしょうか。まだまだあるのですが個人的にピンとくるのはこの辺り。
でも「杜鵑」はあまり見かけないかなあ。

「郭公」は読み通りカッコウで、どっちかというとほととぎすよりカッコウのイメージが強いです。でもクラシック音楽で聴かれることも多いので、なんとなくグローバルなカタカナ表記の方がカッコウはしっくりくる。

「不如帰」のイメージとくれば、もう徳富蘆花の代表作しかありえません。学生時代に読みましたが、もう涙涙、涙なしでは読めないお話です。
正直ストーリーはほとんど忘れているのですが、とてもいいお話だったことと、ヒロインの名前は覚えています。
浪さんですよ浪さん。
浪子さんというんですが、素敵な名前だなあと思いながら読んだ記憶がありますね。

「子規」といえば正岡子規で、「子規」と書かれたら「ほととぎす」と読むより「しき」と読むのが多分一般的。自身の病気になぞらえて子規がこの雅号を用いたのというのはなんとも辛いエピソードですが、ほととぎすは血を吐くまで鳴くと言われているというのはかなりイヤな言い伝えかも。
まあ実際にものすごく鳴くんでしょうけど、私のイメージではほととぎすの鳴き声は、源氏物語の「花散里」の巻なんですよ。懐かしさと慕わしさと切ない淋しさを呼び起こすような、しっとりした恋歌のイメージなのです。

だから夜中に鳴き声が聞えると、「おおー源氏物語ー、平安時代と同じー、千年前も同じ鳴き声を皆さん聞いていたー」と心がいにしえに飛びます。で、こんな風に古代に心が飛ぶのは、他の動物の鳴き声だとあまり起こらないのです。
うぐいすも蛙も蝉も秋の虫も、おそらく千年前と変わらないはずなんだけど、毎年盛大に聞いてるからですかねえ、結構日常に取り込まれてしまってるんですが、ほととぎすは私にとっては希少性が高いというか、聞かずに終わってしまう年もあるから聞けた時はすごくうれしい。
で、「トッキョキョカキョク」が聞こえた途端、脳内は和歌を取り交わす昔の人達に占められるのです。夜道をそぞろ歩く平安時代の殿とかに。この時期は夜歩いても暖かくていいよねーとか思いながら。

ほととぎすって和歌にたくさん使われてるんだけど、それはほととぎすの鳴き声に人の感情が乗せやすかったからかなと思ったりします。それぞれの思いやその時々の心を反映させやすかったというか。
だからたくさんの漢字表記も存在しているのかもしれません。
存在している表記の数だけほととぎすは日本人の様々な心情の近くにいたってことなんでしょうね。




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by teri-kan | 2011-06-17 11:15 | | Comments(0)
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