「ふしぎなキリスト教」

社会学者の橋爪大三郎と大澤真幸による、対談形式キリスト教解説本。
講談社現代新書。








読了後ネットで検索をかけてみたら、かなり内容を批判されていました。
具体的には「書かれている事がキリスト教学的にも歴史的にも正しくないことが多い」というもので、この本は素人向けに書かれたものだと思っていた私は、そういった批判内容に結構驚いたのでした。

キリスト教に詳しい人も「ふしぎな」とタイトルがつくようなキリスト教初心者向けの本を読むんですね。
この本のどこが正しくないかを批判できる人にとってキリスト教は不思議でもなんでもないと思うんだけど、まあ詳しい人だからこそなのかな? チェックの意味もあるんでしょう。
そのおかげでこちらは何が間違っていたのかを知る事ができてありがたかったですが、しかしそんなにも批判が集まるような間違いなら、発売する前にもっとどうにかできたんじゃないかなあ。

宗教学者でない社会学者同士が宗教を語ることについても批判されてましたが、個人的にはかえって信仰的な香りが文章から漂ってこなくて、これに関しては気分がよかったくらいでした。
学者といっても信者の方の文章は、全部が全部とは言わないんですが、キリスト教を理解したいと思って読む素人に対して、好意的な方向へ理解してもらおうという心根が透けて見えることがあるんですよね。
確かにこっちも理解したくて読んでるんですが、理解した上で好きと思うか嫌いと思うかはこっちが決めることだろーと思うんで、あまりにディープに説明されてもかえって引いてしまうのです。

押し付けられたくないという意識が我ながら強いと思います。
宗教、というかキリスト教や新興宗教って布教するじゃないですか。で、布教ってものすごく迷惑なんですよ。
本人がただ信仰生活を送ってるだけなら何とも思わないんだけど、集会に行こうとかどれだけ良い教義かを頼みもしないのに延々説明されたりしたら迷惑極まりないんですよね。
そういう類の「迷惑」を国家レベル、世界レベルで行ったのが歴史上のキリスト教会、キリスト教国で、実を言うとキリスト教で一番私が知りたいなと思うのはそういった布教の精神についてなんです。

なんでこう上から目線で押し付けたがるのかなあと。
これって形は変われど西洋諸国の底辺に今も流れている精神で、この点についてはアラブが西洋を毛嫌いする気持ちもわかるよなあって感じです。

そういった面では本作は物足りなかった部分も大きいんだけど、もちろん「なるほど、へー」と思えたところもありました。
特に、世界中の民族は元々は多神教だったけど、他民族の侵略や戦争などの試練を経るうち必然的に一神教に変わったという解説。

この解説によって高校時代からの謎、結構解決したかな。
キリスト教って歴史上ずーっと戦争ばっかりしていて、宗教が人間を救うなんてウソだ、殺してばっかりじゃんと思っていたけど、一神教だから戦争するんじゃない、戦争するから一神教になるんだと思えば妙に納得。
そういや日本も太平洋戦争中は天皇を現人神にしてましたよねー。天皇はむしろ祈るのがお仕事で、どっちかというと神より法皇に近いんじゃないかと思うのに。

本書によると、島国で他民族からの侵略を受けずに多神教のまま先進国になれた日本は、稀有な上に大変ラッキーなのだそうです。「侵略される→なぜこんな試練を受けねばならないのか→試練を乗り越えるための一神教」といった流れが世界の先進国の歴史上の成長ということなんだそうで、そう考えれば確かに島国日本は恵まれていたと思います。
しかしちょっと問題もあるなという気もしてしまいました。

というのも、侵略・戦争という他者との関わりをすっ飛ばして、あるいは上手く乗り切って先進国と成長した日本は、さしずめ友達との喧嘩や軋轢をテキトーにしたまま成長してしまった大人ということにならないですか?
要するに精神的に成長してない大人ということで、よく問題にされる日本人の幼児性もこれとつながるのではないかと、ふいにそんな考えが頭に浮かんでしまったのです。

まあこれについてはとりとめがなくなるのでここで止めますが、この本の良いところはそういった感じでところどころ日本と比較してキリスト教と西洋社会を説明してくれてるとこですね。これはキリスト教に疎い一般日本人でも読みやすいと思います。

売れてるのも納得です。面白いのは面白い。
でも、ウソはいかんね。
私は記憶力ないし細かいところはすぐ忘れちゃうからいいけど、頭のいい人はウソのまま覚えてしまうからマズイですね。




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by teri-kan | 2011-08-02 11:32 | | Comments(0)
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