テレビの行方

テレビ業界の意義を問うような出来事がここ最近続いています。
デモまでされてるフジテレビの偏向放送、反社会組織との癒着を暴かれた某司会者の引退、別の司会者からは「闇社会に解決してもらうことは普通に起こりえる云々」などといった発言も飛び出し、「テレビはここまで腐っているのか」という思いばかりが出てくる今日この頃です。








引退した司会者の番組中止に関しては、幸い「開運!なんでも鑑定団」を時々観るくらいだったので、個人的には全く不都合ありません。以前偶然目にした彼司会の某番組で不愉快になったことを思えば、中止してくれた方がむしろ嬉しいくらい。
内輪ウケでしかない話をテレビで延々やるのも、それがキツくて品のない言葉づかいであるのも、こちらとしては全く以ってつまらなかったので、これを機会にテレビの雰囲気が良くなればと願うばかりです。

病理の根が深いと思うのは、むしろ「闇社会に助けてもらうことも普通にある発言」の方で、芸能界と一般社会との距離を痛切に感じました。
いや、芸能界が闇社会と仲良しなのは昔からのことなんで今更驚きゃしないんですが、それを堂々と正当化してしまうというのは今までにはなかったパターンだなと。

一応世の中には「建前」というものがあるじゃないですか。汚いものに手を染めてる人間ほど重宝する建前というものが。
「建前」はあるがままを表に出さないからケシカランなどと言ってはいけません。建前があるからこそ社会はとりあえず円滑に回るし、子供達もきちんと健やかに育てられる。
だってね、番組観ていた子供にどう説明するのよ、これ。
夏休みだから親と一緒に観てた子供たくさんいると思うよ? なのに「困った時は闇社会」って、テレビ人失格、社会人失格、ていうか人間失格ものの発言ですよ。
よくまあ堂々とカメラに向かって立っていられるものです。何をどう発信しても構わないというところまで堕ちた人は、少なくとも電波に乗せるべきではないでしょうね。



テレビ界の不祥事が続く中、最近黒柳徹子のNHK「100年インタビュー」での言葉を思い出すのですが、要約すると、日本人は芸さえ良ければ後はどうでもいいという風潮が強いけれど、そうではなくてやはり大事なのは人間性、愛を届けるという意識が大切である、特に子供達への愛は大事で、子供が観ても大丈夫な番組を自身では常に心がけている。

今のテレビ関係者にかみしめてもらいたい言葉だと思います。そういった意識が少しでもあるなら、東海テレビの「セシウムさん」問題も、フジテレビの原子爆弾名前Tシャツ問題も、何も起こらなかったはずなんです。
テレビ業界にいる人達って作る人も表に立つ人も、今や自分が目立てばいい、有名になればいい、お金になればいいとしか思ってないんじゃないかというくらいで、すっかりカメラの向こうにいる一般視聴者のことを忘れてしまったらしい。
前々からその傾向にあったとはいえ、今や「それがどうした、何が悪い」と開き直ってますからね。
そうでない番組ももちろんありますが、にしても見苦しいものが多くなったと思います。



問題が一気にここにきて噴出しているのは、やはり震災が原因かな。
これは別にテレビ局と芸能人だけの問題ではなくて、あらゆる場面で既存社会の変化、価値観の転換が起こっているからなんだと思います。何が大事で何が不要か、これからの価値を構築していくために切り捨てるべきものは何か、そこのところの選択が一般市民にも切実な問題になっているからではないかと。

価値観の転換で最も割をくうのは既得権益にしがみついてる人達で、原発利権はその最たるものだけど、多分これから何年間かはいろんな所でそれにしがみついて足掻く人達を見ることになるんだろうと思います。政治でも経済でも芸能界の世界でも何でも。
しかもそんな無様な姿を「見苦しいから見たくない」と見ずにいるのはいけなくて、汚いものでも見なきゃいけないのでしょう。
個人的には今回の震災でやっと戦後が終わったという気持ちでいるので、いろんな場面で世代交代が起こってほしい気分ですが、では芸能界ではその辺どうなんだろうと考えた時、上手い司会者って誰なんでしょうか。30代くらいで名司会者になれそうな人っていますか?

ま、若くなくてもいいんだけどね、とりあえずは。
真っ当な人であればそれだけでいいです。
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by teri-kan | 2011-08-26 12:26 | その他 | Comments(0)
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