「日本古代史 正解 纒向時代編」

大平裕著、講談社。
久しぶりに古墳時代関係の本を読みました。

「古代ってどんなだったのかな」という軽い気持ちと、「どうせ事実ははっきりわからないんだし」といった適当な気持ちと、二つの理由からこの手の本の著者名をおよそ気にして読んだことがないという私ですが、本作に出てくる津田左右吉の名には覚えがありました。
名前どころか引用されてる津田の文言もはるか昔に読んだはずなのにバッチリ覚えていて、記紀批判は自分にとってとてもインパクトがあったのだということを、今更ながら思い知らされた感のある本作でした。

著者の大平氏はその津田の論への批判を文中でかなり厳しく行っているのですが、まあ、難しいよね。「○○で××だからこの天皇は存在しない」と言われた時は「なるほどー」と納得したし、「存在する、なぜならば△△だからだ」と言われれば「それもそうだよねー」と思うし、詳しくない人間にはどっちが正しいとかどちらの方がより正しそうとか、全然見当もつきません。

ただ、今回読んで思ったんだけど、存在するという前提に立った方がやはり楽しいんだよね。
というのも、例の津田左右吉の記紀批判を読んだ時、「あ、実在しないのか」と、ほとんどといっていいほどそこで興味を失っちゃったんですよね。「いない」と言われたら、そこで終わっちゃうんですよ。
専門家じゃないしさ、いないものに関心は持てないし、ウソを書いてると言われたら、そういった本(日本書紀とか)にも関心は、そりゃあまり持てない。
でも「いる」と言われたら興味がわくし想像も広がる。古代人の営みが多少なりとも具体的になってくる。
現在では考古学の発見の方が進んでいて、例えば「大袈裟に記述した」と言われてた出雲大社の大きさだって実際その通りだったことが証明されたし、現在の常識が当てはまらないからウソと決め付けるというのは、やはり慎重になった方がいいのかなあとは思います。

どうせ素人なんだし、楽しんだ方が勝ちだよね。
まあ、かといって小説家の奇想天外ストーリーと事実をごちゃ混ぜにしようとは思いませんが。


本作では卑弥呼の扱いが面白くて、卑弥呼=天照大神説に関連するあれこれは楽しめました。初めて邪馬台国に興味が出てきたといっていいくらいに楽しかった。
今までの邪馬台国のイメージって、日本なのに日本でないような、実体のない伝説といった感じだったのですが、本作のようにここまでヤマト王権、大和朝廷と関わりを持たせてくれたら、俄然興味もわいてきます。
現在につながる歴史の中にこうやって関連付けてくれたら、自分達のご先祖といった感覚も出てくるというものです。天照大神も実体を感じられたし、ホントに面白かったなー。
(個人的に、神社に祀られてる人(神様)は実在していただろうと、基本的には考えています。)

「欠史八代」の解説も面白かったし、個人的にも最大のネックだと思っていた各天皇の寿命についても、いわゆる二倍暦(?)で計算すればクリアできるそうだし、それならそっちの方がロマンがあるし、専門家はロマンで論文は書けないだろうけど、古代はロマンを感じてなんぼみたいなところもあると思うんで、そういった意味では面白い本でした。

多分この考え方は学界では全然主流じゃないでしょうが、古事記・日本書紀はできる限り素直に読みたい派からすれば、楽しめるのではないかと思います。
今年は古事記編纂1300年なので、とことんロマンに浸ればいいんですよ、うん。




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by teri-kan | 2012-02-17 11:11 | | Comments(0)
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