「日本の歴史をよみなおす(全)」

著者、網野善彦。ちくま学芸文庫。

現在本屋さんの文庫コーナーに新刊っぽく並べられていますが、最初に刊行されたのが1991年と1996年、2つを合わせて文庫化されたのも2004年と、実は結構昔の本です。
なのに「全ての日本人が読むに値する数少ない本です!」「いま読んでる本を止めてでも」と帯に新刊っぽく書かれていたので、つい手にとってしまいました。

内容は、南北朝の動乱期に日本の社会は大きく変化しており、その時に生まれたものが現在までつながる日本のもととなっている、というもの。
そんな中世に起こった変化を、庶民の識字率や経済活動、宗教、社会的弱者のあり方、といった様々な面から膨大な資料にあたって読み解いていく、といった内容です。

私は日本の歴史に興味はあれど読むのは古代モノばかりだったので、こういった中世の話はとても新鮮でした。下手な先入観なく読めたと思うし、庶民の生活ぶりには成る程と思えるところが多かったです。
非人と言われる人々がどのように差別される階層となっていったかも興味深く読みました。
非人や女性といった虐げられていた人達の救済に鎌倉仏教が尽力していたということも。

一方で、この本を読むのがちょっと遅かったかなあという気も起こりました。
例えば、江戸時代の女性の地位については、NHKの「お江戸でござる」なんかで女性の立場が結構強かったことは聞いていたし、明治以前の日本が海洋国家だったことも、詳しいことは知らないにしても、そうだったということくらいは今はもう結構認知されてると思います。
江戸時代までの日本は80~90%農民の国だと言われていたがそれは誤りだ、というのも、普通に国内旅行したり紀行番組見たりしていれば薄々わかることで、江戸時代に商工業で栄えた町が全国にざらにあることを考えれば、「教科書は建前しか教えてなかったんだな」と、なんとなく察することはできるんですよね。だから「日本は昔から経済が発達していたのです」と言われても、今は驚くというより「まあそうだよね」と納得するって感じじゃないかな。

そもそもそうでなければ明治にいきなり近代国家に、なんて無理だったでしょうしね。
明治の急速な発展や戦後の急速な経済成長が「江戸時代が終わるまでほとんどの人間が農業しかしたことありませんでした」って国民に出来るかといえば、それはちょっとねえ、やっぱり難しいんじゃないかと思いますもんね。

……と、経済ド素人の人間が感覚だけで語っていますが、そういうわけで、だからこの先生が書いてることは成る程と思える事が多かったです。
多くの人が事実と思い込んでる建前と、実際に起こっていたことと、その間にある差を明らかにして日本の歴史を別視点から捉えなおすというのは、確かに面白いものでした。

で、そういうのはまあいいんだけど、本書にはどうもいろいろと微妙なところもあって、それについては読みたい方だけどうぞって感じで続きに置いておきます。
自分で書いててなんですが、日本人にとってデリケートな話題ということもあって、全然楽しい話じゃないのでご注意を。








いきなり思い出話になるのですが、90年代半ばの8月某日、たまたま見たTVニュースで、原爆の日を迎えるにあたっての数人の識者のコメントがご本人が語る映像と共に紹介されたことがありました。
で、その中の一人の主張が、それはそれは凄まじかったのです。
正確な言い回しは忘れたけど、言っていたことは大体こんなことでした。
「被爆して差別されて苦しんだ。身分制があるから差別があるのだ。だから平和のために天皇制を廃止すべきだし、そのために努力しないといけない」

ありえないものを見たといった態で、しばらく私はTVの前で固まってたんですが、平和について考える事が体制打破に直結する思考、これがTVで普通に流されてもOKな現状、そういった事にとにかく驚き、そして恐さを感じたのです。
あの時は今ある平和を壊すと言われてるような気がしたし、実際天皇陛下が存在する日本で自分は平和に暮らしていたし、こんな人がこの世にはいるのかと、相当なショックを受けたんです。

90年代ってそういう時代だったんですかねえ。
実はあの頃天皇の儀式に税金を使うことの是非を街頭でマスコミに質問されたこともあったんですよねえ。
「税金を使うのは無駄です」と言わせたいのが見え見えな質問で、しかもなんでまだ納税してない小娘に聞くのか、わけわからん人達だった。(もしかして老けて見えたのだろうか。)
普通のニュースであんな過激なコメントが流れるくらいだし、当時は皇室に対して厳しい時代だったのかもしれませんね。

で、なぜここでこんな話をするのかと言うと、あの時感じたイヤーな空気が、どうもこの網野氏の文章からは漂ってくるのです。別に過激なことは書いてないし、むしろ書いてあることは勉強になることばかりなんだけど、どうもその背後にある空気があの時のショックを思い出させるもので、そこがなんとも……微妙なんですよ。

思想や信条は人それぞれだし、戦争を体験されてる方は実体験に基づく信念がおありだと思うのでそれは尊重したいのですが、本書が発表された91年と現在の日本社会は、もう全く違っていますからね。
大震災を経験した日本人にとって天皇陛下は以前よりも更に大事な存在だし、20年前には存在していいのかといった如くの扱いをされていた自衛隊は、今では頼れる組織として多くの国民の支持を得ています。
そういった今の価値観で読むと、本書はちょっと、というか、かなり厳しい。資料の解析をしてるところはいいんだけど、90年当時の著者の思想が入ってるところは、正直古いと感じる。
まあ古いというか、天皇制の廃止に関する氏の言葉に共感を覚える人は今はかなり少ないんじゃないか、といった感じでしょうか。

大震災を経験して、特に国土保全についての考え方は20年前とは全く違うものになっています。
日本の歴史は本書の言う通り商業を発展させてきた歴史であり、農地の支配で国を成り立たせようとしてきた歴史であり、それとは別に地震や噴火、津波、土砂崩れに大洪水、大火、そういった大災害となんとか折り合いをつけようと努力と工夫を重ねてきた歴史でもあります。
その視点が仕方ないとはいえ本書には欠けているので、内容の濃い面白い本だけど、今読むにはちょっと惜しいなあって感じです。
日本人の精神に自然の脅威が与えた影響は大きいはずですし、それと絡めた天皇制のあり方の解説とか、天皇制を語るならむしろ今はそっちの方に興味があるかな。

どちらにしろいろいろな刺激を与えてくれたことには変わりなく、そういった意味では有意義な本でありました。
文庫本のあの売り文句が正しいのかどうかはわかりませんが。




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by teri-kan | 2012-04-25 13:19 | | Comments(2)
Commented by unkoman at 2015-07-23 16:40 x

日本の歴史をよみなおす から検索してやってまいりました。

読めばわかるとおり 網野氏は天皇制度廃止論者ですね。
元々共産党員だったようですから その思想はむしろ穏健です。
穏健ではない共産党員は天皇を取り込んで日本支配をもくろんでいますから。
それなら いっそ廃止したほうがいいだろうと思うのはむしろ穏健です。

日本の歴史を研究するうちに廃止論者になったのでしょう。
歴史を知れば知るほど天皇は(今の日本には)必要ない、と言う結論に達します。
網野氏のような碩学が同じ考えを持っていたと知り、自分はやはり
間違えてはいないのだとむしろ納得しました。

とはいってもフランス革命ではありませんから なにも天皇一家を絞首刑にしろ、などとは
誰も言いません。
(戦前の共産党は天皇絞首刑を旗印に党員をつのったので全く上手くいかなかったのだそうです)

憲法を改正し、第一章天皇(1条~8条)を全て削除し、京都にもどって(戻らなくともよいけど)一民間人となり、
自由に生きていけばいいと思います。
皇居から彼らを解放します。 皇居は天皇のものではありませんから。 国民のための自然公園とします。

彼らも解放されたがっています。 天皇(皇族)であり続けるかぎり基本的人権は守られません。
次世代の天皇たる 徳仁さんも彼の妻もしきりに「プライバシー」を口にします。
彼らは基本的人権がほしいのです。
民間からあがった美智子さんもそうです。 宗教の自由がほしいのです。 
思う存分聖書を読み、勉強会を開き、そしてローマ法王のミサに行きたいのです。
そして愛する夫と同じ墓に入りたい、夫が天皇である限りそれは不敬で不可能なことです。
そして明仁さんは政治的な発言をしたいのです。
自由意志として「憲法9条をまもる」と声にだしたいのです。

彼らの意思を汲んでやるべきです。
体の弱い、小学校にもちゃんと通えないような女の子にこの重責を負わせるのは気の毒だとおもいませんか?

Commented by teri-kan at 2015-07-24 10:30
お名前がなんとも微妙なのですが……(苦笑)。
網野氏が穏健だというのはその通りなのでしょうね。

深い政治的な話(特に政治的な活動についての話)はこのブログの趣旨から外れるのでお返事はこの程度で控えさせていただきますが、こういう考え方もあるのかと思いつつ読ませていただきました。

コメントありがとうございました。
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