「古事記誕生」

工藤隆著、中公新書。








著者は上代の口承文学の専門家だそうで、本書も文字を持たない民族の神話研究(特に中国少数民族の神話)からのアプローチが主となっています。
「古事記」には神話が含まれているので他民族の似た神話との比較考察は重要だし、実際読んでて面白かったけど、ちょっと中国少数民族神話の記述が長いかな。ページ数の限られた新書だし、もうちょっとまとめ様があったのではないかと思います。

長江流域の、とある少数民族には、日本の鳥居とよく似たものを建ててたりとか、文化的にかなり近いものがあるんだなあと思ったことは以前にもあって、だから本書の内容には結構納得できるところが多いのですが、天岩戸伝説と同じような神話といっても違ってる箇所は多々あるわけで、その違いをどうせならもっと深く説明してほしかったと思います。
あっちは太陽が複数あったけど日本はなぜ1個なのかとか、まあこっちからすると太陽が何個もあったという発想の方が不思議なんだけど、同じ神話がベースにあるならその違いはどこからくるのかとか、そういうところも知りたかったな。

外国と比べて格段に酔っ払いに寛容な日本人について、既にその原型が古事記に記載されているとか、日本人とお酒の解説にはなるほどーと納得でした。
遠い時代の話だけど日本人の話であることには変わりないというか、政治体制は変化すれど文化・習俗に断絶はないんだなと感じた部分でした。

「古事記」は支配者の神話だとこれまで思っていたし、実際登場するのは豪族や貴族につながる神様ばかりなのですが、その神話が出来上がる地盤としてムラの人々がこの神話を持っていたという話は面白かったです。
古事記神話は支配者だけのものでなく、ゼロから創作したものでもなく、人々の持っていた神話を吸い上げて天皇と結びつけたもの、という感じ。文字のない時代に民族の物語として人々が共有していた神話を天皇の話として集約したものというか。
要するに天皇は人々の神話の神様に勝手に子孫としてくっついた人達ってことですが、ここで疑問なのが、神話自体が元々人々のものであるなら、その人々は過去の神話を忘れても古事記が肌に合う物語だと感じられるとか、そういうことがあるのかどうか。古事記が感覚に合うとか合わないとか、記憶がなくなってもどこかでそういうのって感じられるものなんだろうか。

どちらにしろ古事記は元をたどれば皆の神話であって、天皇のご先祖だけのものじゃないってことで、勝手に天皇の神話にするなよって意見ももしかしたらあるとして、でも天皇と人々の神話がセットにならなければこの神話は日本から消えていた可能性ももしかしてあったりする?
なんだか思っていたよりも古事記と日本人の関係はかなり深いのではないかという気がしてきたんですよね。神道とか意識しなくても普通に神社にお参りに行ったりするレベルで、日本人にはかなり深く古代が根付いているような気がしてきました。



ところで、「古事記」が出来た年代は既にそんな神話が遠い過去のものになっていた時代で、世は先進的な中国風律令国家を目指していた最中でした。
なのになぜそんな時代にアニミズム丸出しの時代遅れ本「古事記」なんてものを編纂したのか、そのことについて本書では第1章で早々に解説してくれているのですが、個人的にはその説は結構納得できるものでした。
西洋風国家を推し進めた明治時代に皇国史観を打ち出して日本人のアイデンティティを守ろうとしたのと同じだと言われたら、なるほどーって感じじゃないかな。中国風国家を目指した時に古代神話を文章化して日本人のアイデンティティを確認したかったというのは、心情的にはわかりますね。

となると、グローバル化が進む現代で日本を見直そうという動きが出てくるのは歴史的にみても当然の流れか。
というか、国際化しよう、外国を取り込もうとすればするほど日本人は日本を見つめるんですね。日本人であることを強烈に意識するんだ。
それはどこの国も大体同じようなものなのかなあ。日本ほど国家あげて大々的に外国文化を取り入れてきた国が他にあるのかどうか、よく知りませんが。



考えることがどんどん脇道にそれるのでこの辺でやめるけど、「古事記」の研究はまだまだ続くよどこまでもって感じですね。
本書のような他民族の神話に限らずいろいろな分野からの解明がどんどん進めばいいと思うし、それで謎と言われてることが少しでもわかれば、またいろいろと面白くなると思います。




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by teri-kan | 2012-05-11 11:55 | | Comments(2)
Commented by かのん at 2013-04-14 10:43 x
本の記事の方へもお邪魔します~。

まず、「古事記」と聞いて衝撃だったのは、梅原猛さんが稗田阿礼は、
藤原不比等だと断定されたことですかねー。
そこからでしょうか、今では藤原不比等説を多く目にしますね。
「古事記」が藤原不比等なら、例えば、宇佐神宮のこととか、秦氏対藤原氏とか、また、「古事記」の系図が旧約聖書の系図と似ているとか、シュメール、ギリシャ神話からの影響とか色々・・・
「藤原不比等」っていったい何者?と興味が尽きませんが・・・^^;

そう言った意味で、持統天皇が詠んだという歌、
「春過ぎて夏来るらし白妙の衣干したり天香具山」は興味深いですー。

私が興味ある歴史とは、教科書に載ってないような歴史なんで、
トンデモ的な部分もあるとは思いますが、ワクワク感があり楽しいですね。
Commented by teri-kan at 2013-04-15 14:14
かのんさん、こんにちは。

稗田阿礼が藤原不比等という説があるんですか。
へえー。
いやあ、全然知りませんでした。世の中にはいろんな説があるんですねえ。
稗田阿礼は女ではないか、というのは読んだことがありますが、そうか、不比等か。
不比等、仕方ないとはいえあらゆる事の黒幕扱いになってますね。

私はそういうのに疎いんで、大胆な説には驚くばかりですわ。
どれだけ信憑性があるのかわからないけど、一人二人が支持してるのではないというなら、あながち荒唐無稽ってわけでもないのかな。

個人的についていけるかどうかはわかりませんが、ダイナミックな説は確かにワクワク感ハンパなさそうですね。
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