「銃・病原菌・鉄(下)」

「銃・病原菌・鉄(上)」の続きなんですが、なんていうか、妙に長かったというか、上巻と比べると文字数以上に長かったような……。
感想もちょっと、なんと言えばいいのか、なかなか難しい。

まあ結論は結論でいいとして、そこに至るまでの過程が長い道のりでした。
無駄に、という言い方は適切じゃないけど、しかし無駄と言って言い過ぎではないだろうというくらい、無駄にニューギニアの歴史に詳しくなった感がありますね。
本書におけるニューギニアの意義については理解してるつもりでありますが、しかし、もうちょっと簡潔にしてくれたら読みやすかったのになあ。
途中、向かってる先を見失いそうになりましたよ。

とにかくニューギニアが、人種から習慣から何から何まで塗り替えられる征服を免れた稀有な地域と言われれば、なるほど、あの民族の特殊性はだからなのかと納得できます。
逆に言えば、他の地域は全て民族のオリジナリティがなくなってるか薄まってるかしてるってことで、地球の歴史、っていうか人類の歴史は、均質化・同質化の歴史なんですね。
今更な感想なのかもしれませんが。

ニューギニアやアフリカの歴史は全く知らなかったので興味深く読んだのですが、日本についての記述には首を捻りたくなるところもあって、自国民の認識と外から見る目ではいろいろと違うものなのかなと思いました。
日本が江戸時代に銃を放棄したのはとりあえず正しいとして(完全に放棄したわけじゃないけど)、放棄した理由が刀の方が武士の象徴だからというだけではちょっと説明不足なような気が。
とはいえ、周囲に脅威となる国がなかったから銃の放棄という武装解除ができたのだというのはわかります。技術の放棄は自分達だけの都合では成しえないこと、現在の原発是非論が外国の存在抜きにして語れないのを見ても明らかだし。

結局のところ人間社会は他者との関係性によって発達するし滅びもするし、人が存在する限りその軋みは存在し続けるってことなんですかねえ。
でもって軋みがある限り核なんかも存在するということで、人間社会は膨張の果てに自爆するしかないんじゃないかと、読んでてイヤな気分にもなりました。

中国ではなく欧州が世界の覇権を握った理由には納得。
多様性がある方が発展するのは確かだし。
ただ、より発展した国が遅れた地域を征服するのは歴史の必然だとしても、アフリカやアメリカの先住民に対する大々的な殺戮、奴隷化、アジアの植民地化は、何をどう言い訳しても犯罪と言っていいと思います。
欧州が力強く発展したのは結構なことなんだけど、人種的に劣っていたから征服されたわけじゃないと言うのもいいんだけど、やりきれなさが残りますね。

みんな仲良く、とは絶対にならないんですよねえ。
これから先も膨張と発展の先の自爆を免れたとしても、大きな犠牲は避けられないんじゃないかって気がしてしょうがないし、歴史を知るのは楽しいけど、知って未来が不安になるのもなんか悲しいものが。

というのが読み終わっての大体の感想でしょうか。



にしても歴史を綴るって難しいですね。
あらゆる分野の科学的数値や定説・新説をもとに昔の社会を頭の中で築いていくというのは、よほどの知識と知性がないと出来ないことだなあと感じました。
その頭の中の社会も、築き方は学者一人一人によって違うし、かといってあれもこれも読むほどこっちも余裕があるわけじゃないし、いろいろ読んだってより事実に近いのはどれなのか自分じゃ判断できないし、知りたいのは知りたいけど、限界がある頭の持ち主には悩ましいものがあります。
ホントにね、タイムマシンでササッと過去を確かめに行けたらこれ以上のことはないんですけどね。

仮に過去に行くとしたら、1000年前とか1500年前とかがいいな。
新大陸発見以前は地球がバラエティに富んでて楽しそうだ。
日本では漢字が入ってき始めた頃、日本語の話し言葉に文字を当て始めた頃が見たいし、世界中を回ってそういうのを見ることができたら楽しそうだな。

うん、いろいろあるけど、歴史を知るのは楽しいのだということを、たくさん感じさせてくれる本ではありましたね。




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by teri-kan | 2012-07-04 11:23 | | Comments(0)
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