「シルマリルの物語」その2

シルマリルとは、とあるエルフの手によって作られた至宝で、あまりの素晴らしさに奪い合いの対象、憎しみ合いの象徴のようなものになってしまう宝玉です。
このようなものを作り出せる技の持ち主は、当然のことながらその技術を賞賛されるのですが、当の本人は自らが作り出したものにあまりに執着しすぎてしまい、結果として大変不幸な運命を一族に招いてしまいます。
映画に出てくるガラドリエルもその一族の一人で、彼女も以後長く困難な生を歩むこととなります。

シルマリルを生み出したエルフは大変激しい人で、後の「指輪物語」のエルフと比較すると驚くくらい行動的で情熱的です。
エルフにも若い時代があったんだなーと思うのですが、読んでいると「指輪物語」のエルフは見かけはあれでも中身は老人なんだということがよくわかります。
老人だから達観してるのであって、種族として元々達観してるわけではないのです。
だから若い時代のエルフはなんだかやたら人間くさくて、傲慢だったり勝手だったりする。

もちろん老衰死というものがないので、その若い時代も百年とか千年単位なわけですが、逆に考えると、ひとたび恨みや憎しみを抱くと、それがそのまま数百年数千年続くということで、それはそれで随分と大変な人生だなあと思わずにはいられません。
人間は唯一神によって最初から死すべき運命を与えられている種族ですが、考えようによっては死は恩寵ですね。エルフよりも繁殖力があって、生のサイクルは短いながらも活気と活力が常に再生されるというのも、きっと幸いなことなんでしょう。

まあ、そんなことを思えるようになるのははるか後の時代になってからのことですが。
エルフが若い時代は時代はエルフのもので、人間ははっきりいってお呼びじゃないです。



シルマリルをめぐる不幸は、シルマリルを構成する物にあったんだなあと、再読していて気付きました。
シルマリルって光を中に閉じ込めた宝石なんだけど、この光ってのがすごくて、どんだけすごいのかはWikiのここを見てもらうとして、シルマリルをめぐる最大の問題は、中の光を作ったのはエルフじゃなくもっと高位の存在の者であるということなんですよね。エルフが自らの手で作ったのは光を取り囲んでる宝石部分だけで、シルマリルに最大の価値を与えている光自体はエルフの手によるものじゃないってことです。
光を閉じ込めた技があまりに素晴らしく、自身の手に光を持てるようになった驚きと喜びで皆勘違いしてるけど、これは光を生み出したわけでない者が光を独占しようとしたとも言えるわけで、エルフの能力から逸脱してる行為と捉えることもできるのです。
輝く二つの木が健在な間はまだいいけど、破壊されてシルマリルの中にしかその光は存在しなくなったとなると当然問題は問題として表に出てくるわけで、今後二度と作れない至宝に執着するのは理解できるとしても、これは自分が作ったから自分のものだと完全には言えないシロモノなのです。
ゼロから全てを作り出したのなら案外ここまで執着しなかったかなあと思うし、中から外まで全てを自分が作ったわけではなかったというところが、非常に微妙だったなあと思います。

彼の子孫はその執着を呪いにまで昇華して、ボロボロの末路を迎えます。
素晴らしいものを作り上げたがための悲劇で、それにはもちろんこの世界を代表する例の悪も絡んでいます。
既に神の時代は過ぎ去り、人間と人間くさいエルフの時代の物語で、ここら辺からは本当に「物語」って感じ。
人間は有限の命だし、エルフだって死ぬ人は死にますからね。
限りがあると物語もドラマチックです。




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by teri-kan | 2012-10-24 10:47 | | Comments(0)
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