「ヒルコ 棄てられた謎の神」

戸矢学著。河出書房新社。

戸矢氏本ブームが続いています。「三種の神器」「ツクヨミ」ときて、お次は「ヒルコ」。

ヒルコ。
記紀を知らない人がこの字ヅラを見たら何を連想するのか……。
記紀を知ってる人間なら、すぐに蛭の字をあてることでしょう。
蛭。ヒル。ぬめぬめで人に貼り付き血を吸ったりするまがまがしい生き物を表わす字。
でももし当てられた漢字が昼だったら?
昼子。お昼の子です。さんさんと太陽が輝いてる明るいイメージになります。

この場合不具として生まれたから蛭の字が使われたというのは理由にならず、なぜ神でありながらそのような状態で登場することになったのか、なぜ蛭の字が当てられたのか、問題はそこになります。
限られた手がかりからそれを解き明かすのが本書の目的で、最終的にはヒルコとは誰か、どこから来てどこへ行ったのか、それが明らかになります。

大変壮大な論です。
というか壮大にならざるを得ません。なんせあのヒルコの正体を明かそうというのですから、膨大な資料はもちろん想像力の助けが必要です。
しかし荒唐無稽とは感じません。こちらに知識がないのであまり言っても意味ないですが、少なくとも説得力はある。というか、不快感を呼ぶような論の飛躍はない。仮説をたてるにしても無理がなく、当時の世界情勢を考えたら「そういうものかもしれないな」と思うことができます。

ところで、以前にも書いた通り、私は神社に祀られてる人は基本的に皆存在していたと考えているのですが、同じようなことが本書にも書かれていて、自分の感じ方は間違ってなかったんだと安心しました。
著者はそれを自分が神道の人間だからと書いていましたが、それよりももっと、日本人だからこそ自然とそういうのがわかる人にはわかるんじゃないかという気がしますね。

というのも、菅原道真や徳川家康のように実在していた人物が神様になってる神社はたくさんあるし、ほとんどの日本人はそれに違和感を抱いていない。ていうか、現代の日本人は生きてる人間さえ祭神にしちゃったりすることもある。
野球の佐々木のハマの大魔神社なんてお遊びの神社だったけど、「佐々木が神様って」と笑う人はいても「なんで神様に?」と疑問に思う人はあまりいなかったと思うし、何か際立ってるものや際立ってる人を神様にして祀っちゃうのは、おそらく日本人は遺伝子レベルで「そういうもんだ」と思ってるところがあるんじゃないかな。
今でさえそうなんだから400年前に家康が、1000以上年前に道真が神様になったのなんて全然普通だし、それなら1500年前だって2000年前だって日本人は死んだ人を神様にして祀ったんだと思うんですよね。

ただそれを本書のように神道だけで語られると、現代はちょっとそぐわなくなってるように思う。今の日本人の先祖崇拝は仏教に組み込まれててて、十七回忌も三十三回忌もお世話になるのはお寺さん。
まあ日本人の先祖崇拝を組み込んだから仏教は日本で発展したといえるのかもしれないけど、身近な我が家の仏教の先祖崇拝と、地域の歴史に関わる神道の先祖崇拝と、二段構えで日本には宗教が存在してるのかなって感じですね。

それを考えるとキリスト教が日本に定着できなかった理由もよくわかる。
個人しか救わないとなると日本人には無理な部分が多いですよ。家族に恵まれなかった人には良いですが、「改宗した本人しか天国に行けません、ご両親やご先祖は別です」と言われたら、日本人はクリスチャンにはなかなかなれないですよねえ。

とまあ「神道とは」という根本的なことまで踏み込んだ内容でもある「ヒルコ」。
蛭の字をあてたくらいだから記紀成立時にはタブーに近い人だったに違いなく、とはいえ全く載せないわけにはいかないほどの功績を残した人物でもある。
本書の結論は面白いです。
ヒルコ一人からずいぶん世界が広がりました。




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by teri-kan | 2013-03-13 10:49 | | Comments(0)
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