「出雲と大和 古代国家の原像をたずねて」

村井康彦著。岩波新書。

内容がこんな感じで紹介されている本です。

「大和の中心の三輪山になぜ出雲の神様が祭られているのか? それは出雲が大和に早くから進出し、邪馬台国を創ったのも出雲の人々だったからではないか? ゆかりの地を歩きながら、記紀・出雲風土記・魏志倭人伝等を読み解き、古代世界における出雲の存在と役割の実態にせまる。古代史理解に新たな観点を打ちだす一冊」

確かに新たな観点と言っていいと思います。
邪馬台国論争については詳しくないですが、少なくともこういう説は初めて見ました。

うん、邪馬台国畿内説をとるなら、邪馬台国と大和朝廷はベツモノと考えた方が整合性はとれるような気がします。
邪馬台国滅亡と神武への国譲りをこういう風に関わり合わせる見方というのは確かに面白くて、それが正しいかどうかは別として、視点を変えるということをさせてくれたという点では、面白い本と言うことはできると思います。

あまりに突拍子もない説だと不快の方が勝るんだけど、本書はそんなことなくて、「ここまで従来の説に囚われないのもいいもんなのかもしれないな」って印象の方が強いです。
トンデモ本はノーサンキューですが、いろんな視点は持ちたいと思っているので、この本はそういった意味で有意義でした。

磐座信仰についてもっと詳しく知りたいなって感じですかね。
著者は各地に残る磐座を訪ね歩いていますが、その説明は読んでて楽しかったです。
大きな岩は年月が経てもそうそう変化はしませんからね。
古代と同じままで存在しているであろう磐座で感じたことというのは貴重だと思うし、その感覚は古代を理解する上で尊重されるべきものと思います。



古代の出雲の神々から出雲国造が完全に歴史上で力を失うまでの、そんな出雲物語として読める本で、特に出雲国造の変遷は面白かったです。
出雲大社の例のデカイお社はいつ建てられたのかという推測も、その建設理由と共に解説されています
そういった古代から飛鳥時代、平安時代という流れの中で出雲の歴史を辿ると、出雲神話を載せた「古事記」が平安時代まで宮中に秘されていたというのもこれと関係あるような気がしてきました。
出雲が最終的に完全に力を失い、出雲の物語が歴史的事実でなく神話となったから「古事記」が世に出た、そんな見方だって出来るのではないかと。
出雲にとって都が奈良の地から離れることがどれほど大きなことだったのか、それは多分想像する以上で、存在意義の喪失に近かったかもしれないですね。

ようするに京都に都を移したことで古代が完全に終わったってことです。
後に日本は京都から東京に遷都して劇的な近代を迎えますが、大和・奈良の地を離れることはそれに負けず劣らずの激変だった可能性もある。
国家を支える哲学の変更ですからね、遷都って。
古代においてその哲学を支えて、最後には逆にそれにすがっていただけの状態だったであろう出雲の歴史、もっと詳しく知りたいのでどんどん研究が進んでいってくれたらいいなと思います。




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by teri-kan | 2013-08-21 14:04 | | Comments(0)
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