「うたう天皇」

中西進著、白水社。

異常気象の続く今こそ天皇陛下には四季折々の歌をバンバンお詠みになっていただくべきではなかろーか。
陛下だけでなく詠める人はどんどん詠んで、和歌が難しいなら俳句でも、俳句が難しいならいっそのこと川柳でも、平和のため、ギスギスした世の中を少しでもほんわかさせるため、細やかな風景と心情を表現した歌に満ちた日本にしていけば、もうちょっとは良い方向へ向かうのではないだろーか。

……なんて感想を抱いてしまうような本であります。

本書は古来よりなぜ日本では和歌が重んじられ、歴代天皇が歌を詠み続け、勅撰集として歌の収集が国家事業として行われ、そして今なお歌会始めとしてその伝統が引き継がれているのか、そしてその歌の背景にあった古代日本人の心情や感情とは何か、ということを詳しく説明している本です。

で、これを読んでなぜ「今こそ天皇陛下に四季折々の歌を~」と思うのかというと、天皇のお仕事には「四季がきちんと例年通り巡ってくるよう頑張る」というものがあるからです。
四季がまともに巡ってこない今年の異常さを考えるにつけ、これは日本国を成り立たせる基本を揺るがすことなのだと、本書を読むと思わされてしまうからです。

有名な持統天皇の歌、「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」って、国家的にすごく重要な歌だったんですね。
今までは「のどかに衣更えを詠った歌」ぐらいの認識でしたが、そうはどっこい、これは持統治世の自画自賛の歌だったのです。
「春が過ぎてきちんと夏が来たようだ、四季が順調ということは田んぼも畑も期待できる、だからこの世は安泰、聖なる山に暦どおりひるがえる衣更えの布が気分イイ、私の治世は素晴らしい~」ということを言ってるのだそうです。
季節が季節どおり巡ってくることが季節に支配されている日本にとってどれだけ大事か、一つ狂えば稲も野菜もパーになって大量死者が出ることもありえた古代で、日本を統治する天皇と季節の在り方は切っても切れない関係でした。

というわけで和歌をせっせと詠む。
勅撰集にするつもりで集められた万葉集は、それぞれの題も四季で分けられています。
それから恋の歌。
なぜ恋が奨励されるのかというと、結局出産・繁栄に繋がるから。
「日本という土地で生きる」ということが凝縮されているんですね和歌は。そしてその基本の「愛」の面では、長い歴史でその在り様も変容していく。

神話にでてくる古代の恋愛観、それが仏教の影響を受け、江戸時代の儒教社会で更に形を変え、明治のキリスト教布教でまた変わっていく。
その歴史については本書の2章に詳しいけど、これは更にいろいろな人の考察されたものが読みたいかも。
3章は万葉集の先生らしい飛鳥についての考察等が載っていて、これはとても面白かったです。古代人の飛鳥に対する思い入れの意味が理解できました。今現在も日本のふるさと扱いされている飛鳥ですが、それは日本人の感覚として正しいということなのかもしれませんね。

しかしこうなると、なぜ日本には和歌があるのか、その発祥の理由はなんなのか、というところまで興味が湧きます。
なんせ和歌の最初と言われているのがスサノオの「八雲立つ~」だし、ずっと日本にはあって当然みたいな感覚でしたからねえ。
大和を統治するための手段とはいえ、なんでそこまで歌が大切になってしまったのか、考えてみたらとても謎です。




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by teri-kan | 2013-10-21 11:19 | | Comments(0)
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