「言霊とは何か」

佐佐木隆著。中公新書。

これまで言霊とは、「口から発した言葉が、それ自体魂を持ったかのように意味あるものとなり、それが実際の人間や現実社会に影響を及ぼしたりするもの」というふうに漠然と思っていたのだけれど、言霊が今より身近だったはずの古代日本での言霊は、実はそのような捉えられ方はしていなかった、という内容の本です。

「万葉集」「古事記」「日本書紀」「風土記」等を参考資料とし、言葉が言霊として実際にその通りのことを起こしたという事例を挙げ、とても細かく解説してくれるのだけど、うん、言葉自体に力はないというのはよくわかりました。神の力が関わらなければ言葉が何かを成すということはないのだということが。

発した言葉がその通りのことを行うのは、発した人が神様だから。
人間(天皇もそうです)が口にした言葉がその通りのことを行うのは、その願いを聞き入れた神様がその通りのことをやってあげるから。
言われてみれば大変わかりやすい。「なるほどー」と納得できる解説でした。
結構シンプルです。先に神ありき。言葉や音声が意思を持つとか、そういった観念的な話じゃない。

以前読んだ戸矢学氏の本を思い出しました。うろ覚えだけど、先に何かを行った人間がいて、その事績に合わせたものの象徴として太陽やら木やらの神として祀られる、という話。
太陽が先じゃない、人が先だといったような説明だったんだけど、ちょっとそれにも通じるかも。
モノに神は宿るけど、モノは神にならないといえばいいのかな。
ちょっと記憶が曖昧で申し訳ないけど、日本人のモノと神の考え方の基本はそこら辺なのかなあと思いました。

本書は夢占いとか名付けの意味とか、いろいろテーマがあって、それぞれ詳しく解説してくれてるんだけど、一番面白いなと思ったのは「国誉め」についてでした。
天皇が高いところから自国を見て、「すばらしい景色だ」と言うことがどれだけ大事かという話なのですが、これを全くないがしろにして、ことごとく災難に合ったのがヤマトタケルだということで、実は個人的にヤマトタケルって特別好きな人ってわけじゃなかったんだけど、これを読んで俄然興味を持つようになりました。
「国を誉める イコール その土地の神様を誉める」となるのなら、ヤマトタケルは大失敗の連続ですよ。「こんな海ちょろいちょろい」みたいなこと言うから嵐に合うんだよ。つくづく謙虚さに欠けてたんだなー。

今で言うなら、そうですね、足首までの深さの川で「しょぼい川だからヘーキ」とド真ん中でバシャバシャ遊んでて、急に水かさが増して流されたって感じかな。
山奥で大雨が降るとそんなこともあるということで、現代では「自然を侮ってはいけません」という教訓になるのだけど、それが古代だと「神様をバカにしてはいけません」になるんですね。自然そのものが脅威なのではなく、自然を動かす神が脅威ということで。

というわけで、ヤマトタケルって神に敬意の足りない人だったんだなーとなるのですが、確かにあの人、子供の頃からちょっと変わってましたよね。ちょっと空気読めてないというか、弱冠傲慢入ってたかもしれない。でもそれではやはり不幸になってしまうんですね。

「国誉め」というお仕事がわざわざあるということは、日本の災害の多さと無関係ではないと思います。あまりに災害が多いから「なんて美しい国!なんてすばらしい景色!」とベタベタに誉めて土地と神様をアゲまくる。こんなに綺麗な山じゃないですかー、崩れさせたりしたらもったいないですよー、人間頑張るから神様もお願いしますよー、良い言葉をお供えしますからー、って感じで。

昔の天皇ってよく自分の国を自画自賛してるよなあと、漠然と「国誉め」について思っていたけれど、実は自画自賛どころか内心必死だったとわかって、それはとても面白かったです。
やっぱりヤマトタケルの国くさし(?)の例がわかりやすい。
何もかも神ありきですね。
古代は神様が生きてました。




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by teri-kan | 2013-10-31 12:01 | | Comments(0)
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