日本のサッカー、自分達のサッカー

数日前の話になりますが、トゥーリオが「4年間が無駄だった」「自分達の、というレベルじゃない」と発言してました。

気持ちはわかるんだけど、さすがに無駄ってことはないし、「自分達の」も別に基本的に間違ってるとは思わないし、失敗したからって何でもかんでも否定すりゃいいってもんでもないだろと、日本敗退の騒ぎが落ち着いてきたこの頃、考えるようになりました。
そりゃ結果が一番ですが、そう物事単純ではないのです。






W杯初参加から16年、まだまだ日本はW杯史の中で見れば子供、せいぜい若者、青いティーンエイジャーってところです。
84年の歴史を積み重ねてきたブラジルとは人生経験、もとい、サッカー経験が違いすぎます。
ブラジル育ちのトゥーリオはブラジルサッカー史を身体に取り込んでいるだろうし、日本の、特に私のようなフツーのサッカーファンとは認識がそもそも違うのです。

人生にたとえるとわかりやすいけど、84歳のじいさんに16歳の試行錯誤やバカなやらかしを「人生の無駄だ」と言われても、こっちは青臭く「無駄でもオレらにとっては意味があるんだよっ」と叫び返したくなるだけなのです。
「初めから失敗するって決めつけるなバカヤロー。チャレンジしてみなきゃわかんないだろーが!」ってやつです。
長所だけを伸ばして真正面からぶつかっていくというのも、経験豊富なオトナ国から見れば「なんてバカな」だろうけど、青少年はとにかく実際に自分でやってみないことには納得できないのです。
とにかく「やる前から出来ないって言うな!オレはやる!」なのです。

16歳(W杯年齢)ゆえの無防備な自信がそうさせたと言えますが、じゃあだからといってこれを責められる日本人がいるでしょうか。
さすがに「優勝する」というセリフには、「それは置いといて」と思ったとしても、「自分達のサッカーをやる」という彼らに、「その心意気や良し」と感じていた人は多かったのではないでしょうか。
選手が16歳なら、W杯で自国を応援する日本人のサッカーファンも16歳。
よーし、とりあえず当たってみて、砕けたらその時はその時だー、くらいの心持ちでいた人、多分とても多かったと思います。

そりゃ天才なら若気の無謀なチャレンジも成功に結びつけることができたでしょう。
しかし残念ながら日本のサッカーは未熟で不完全であるということがハッキリしただけでした。
しかし、じゃあ彼らのチャレンジは頭から否定すべきものなのかと言われれば、それは違うと思います。
むしろこのチャレンジのおかげで日本の長所と短所がハッキリと明確になりました。
何より日本サッカー界が、選手もファンもマスコミも含めて、まだまだ青臭い若者なんだということがはっきりしました。
いわばサッカーの青春時代を生きている青い人達です。
当然私も青いです。

思えばサカナクションはピッタリな曲を書いてくれたものです。
NHKはW杯が終わったら、「Aoi」を復活させるべきでしょう。
そして女子のW杯が始まったらまた椎名林檎にすればいい。
日本はまだ青いのです。

確かに負けて残念で悔しいけど、16歳で青くて未完成だからこそ「感動をありがとう」になるし、「そもそも実力不足だから仕方ない」「こんなもん」にもなる。
さすがに「感動をありがとう」は私は思わなかったけど、「ザックジャパンには4年間楽しませてもらったなあ」とは思ったし。

だってね、なんだかんだでザックジャパンは面白かったですよ。
日本人の特徴を生かしたサッカーなんだから、日本人に好まれて当然なんです。選手もやりやすく、私達も見やすい。背が高いことに自負を持ってる国が放り込みをやるのと一緒で、細かくパスをつないで連動して相手を崩すのは性に合ってるんですね。
だからザックジャパンは人気が高かったし、W杯で惨敗しても空港にあれだけ人が集まった。
あの空港の1000人がこれまた巷で批判されてるけど、アイドル視だろうがなんだろうが、ザックジャパンが人気があったことの証明ではある。
嘆かわしかろうが、あれが日本の姿でもある。
毎試合後にゴミ拾いをするのもまた日本だ。
どちらも海外のスタンダードからすれば異質すぎる文化。
でも日本とはこういう国で、しかもサッカーに関してはまだ若者。こういう自分達の姿がアリアリとわかったという意味では、ザックジャパンのチャレンジは中長期的に見ればかなりな貢献をしたのではないか。

日本サッカーをMRIにかけた大会といった捉え方も、案外できるんじゃないかなあ。
もしくは、サッカー素人や一般のファンにもそれを見せることができた大会。
サッカー文化を作っていく土壌、出来る環境にあるんじゃないかと思うんだけどなあ。
16歳ならば、あとは世間を知って揉まれていけばいいだけですよ。
青春時代の過ごし方は人生に大きく影響するし、今の日本のサッカーはいろんな面で青春真っ盛りだから、今こそ大改革してもらいたい。
ぜひ惨敗をチャンスにしてほしいなあ。



思えばフランス大会の日本代表は生まれたての赤ちゃんみたいなもんでした。
日韓大会ではトルシエに厳しくしつけられて、それなりに振る舞うことができだけど、自由がないのはイヤだと子供が自我を持ってしまったから、次のジーコには好きにやらせてもらいました。
が、ドイツ大会であっけなく壁に跳ね返される……。

という生い立ちを歩んできて、ドイツでの惨敗で生まれたのが、日本人に合ったサッカーをするということ。
オシムがそれを提唱してくれたわけですが、今に続く「自分達のサッカー」の原点は、だからドイツ大会の敗退にあるんですよね。
で、あの時の惨敗の衝撃は、ちょっと言葉に表すことができないほどで、それこそ焼け野原にペンペン草一本も残ってないってくらいのやられっぷりでした。
でも今回はそこまでじゃなくて、壁や屋根は吹っ飛ばされてあっぱっぱーだけど、柱はあるというか、土台ブロックは残ってるというか、それくらいの残留物はあるように思うんだ。
そして、惨敗したのに日本のモノとして残っているものは、間違いなく日本サッカーのコアになるもので、それは日本らしさとして今後も日本代表が磨いてたくましくしていかなきゃいけないものに違いないのです。

それを「日本らしいサッカー」「自分達のサッカー」と呼ぶことは、別にかまわないんじゃないかな。
というか、それはきちんと持っておくべきでは。
なんだか敗退以来「自分達のサッカー」って言葉がバカにされまくってるけど、確かに強豪のオトナ国は既にスタイルが確立されてて、わざわざ自分で「自分達のサッカー」って言わないから、それを口にすることがとてつもなく青臭く思えるけど、でも実際青いんだからしょうがないじゃないかー。
一足飛びに大人になることなんて出来ないんだし。

というわけで、今一度ジーコジャパンの検証と、ザックからの詳細な聞き取りをお願いします。
そして今度は「自分達のサッカー」を有効利用するための方法を考えよう。
8年前よりも全然未来は明るいぞ。
ガンバレ、ニッポーーン!
ファンは若い分まだいくらでも能天気にも前向きにもなれるぞー。
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by teri-kan | 2014-07-08 17:19 | 2014ワールドカップ | Comments(0)
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