「姫神の来歴」その2

その1の続きです。
出雲の国譲りが日本に与えたものについて。
著者も書いていた日本人の心性を考えてみます。








本書の説でいけば、簒奪者は権力は握っても権威は正当な出雲の血筋の女性達に頼るしかなかったようで、神武天皇も簒奪者の近親者ということなら、現在まで続く宮中祭祀の起源も、出雲由来のものだったと見るのが正しいでしょう。
神武の新しい王朝は、むしろ彼女達あってこその王国であり治世だったと言えるわけで、古くからある日本の権威と権力が分かれた政治体制の在り方の起源は、ここにあると言っていいのかもしれません。

面白いのは、天皇はある時期権威も権力も両方その手に握るんだけど、時代が下れば結局権威の中に納まるしかなくなって、出雲の神と祭祀を守り続けていくだけの装置と化してしまうんですね。
ただ、だからこそ今日まで存続できたというか、奇しくも出雲の神威を利用したかつての自分達と同じことをされたというか、まあそれだけこの神威というのが、日本では大きいということになるのでしょうねえ。
その威力の根拠が知りたいものですが、少なくとも風土や自然環境とは無縁ではないような気がする。
時に暴力的な自然への恐れと謙虚さが根底にあるのは間違いないかなあ。

もしそうなら、それはアマテラスの御心に案外叶ってるように感じます。
前回書いた通り、本書の説でいくならアマテラスは理不尽に夫や子を奪われ、立場さえ敵の親へと置き換えられた日本で最も不幸だった神です。
そういった理不尽に対して、おそらくアマテラスは数多いる神の中でも最も怒り悲しむ神様になったことでしょう。
で、日本は政争や戦争はもちろん、平時でさえ自然災害で理不尽に全てを失う人が古代より続出した国なわけです。
かけがえのないものを奪われた不運な人々に対して、だから彼女は最も共感する力の強い神様になったのではないかと思うのですね。

本書のエピローグである「おわりに」では、「ゆるした」とあったけど、私の感覚ではゆるすというより大いなるものにも小さな人の思いにも共感したのかな?という感じです。共感して、憐れむというか。
だから、天皇陛下が災害で被災した方々を慰問するというのは、アマテラスの在り方からすれば多分とても正しい。
理不尽な目にあって苦しんでる人達に寄り添い、慰める。
アマテラス神の本質は、もしかしたらこれなんじゃないか。
あくまでも本書の説が前提だけれど、個人的にはすごく腑に落ちます。
ちょっと仏様に近いかもしれないですね。

で、こういうアマテラスを考えていると、日本人の歴史って悲しみの積み重ねなんだなあと思ったりするわけです。
まあ人間が生きるというのはそういうことなんでしょうが、仏教で言う無常を普通に人々が感じられるほど、日本の国土は理不尽と隣り合わせなんです。ただでさえ人は戦をする生き物なのに、一度に大勢の人が亡くなってしまう災害もとても多い。
その度に悲しみは起こって、その悲しみを皆が共有して、長い年月その積み重ねできた歴史なんですね。
日本人の感情を共有する能力はかなり高いと思うんだけど(空気を読む力も抜群だし)、それはそういった悲しみの共有の積み重ねのたまもので、で、日本人が初めて大きく共有した悲しみが、もしかしたらオオクニヌシ殺害に代表される出雲の国譲りだったりするのかもしれないなあと、考えたりするわけです。

もうホントに推測と憶測なんだけど、オオクニヌシとその一族への同情が、多分とても大きかったんじゃないかな。
それは簒奪した側も無視できないほど強い感情で、もしかしたら新王朝の最初の仕事は自らが殺した敗者の慰霊だったかもしれない。
それくらいオオクニヌシ殺害が人々に与えた影響は大きくて、そして新王朝のスタートがそうであるなら、この王国の性質はそういうものになっちゃいますよねえ。
敗者を辱めない国、敗者にも尊厳を与える国。
別に敗者のフォローなんてしなきゃしないでいいんだけど、この国の人達はそれだとあまりに居心地悪くて、後ろめたさにさいなまれてしまうんだ。
感情を共有するという資質を持った大勢の人間が「可哀想すぎるじゃないか」と思ってそういう空気を作ってしまえば、人は空気を吸って生きていく生き物だから、後ろめたさを抱えた人間はその中では生きていけない。
だから敗者を祀る。神社がボコボコ出来る。
そして、多分それはアマテラスの御心に叶う。
本書のアマテラスなら、理不尽にかけがえのないものを奪われた人を慰めるのと同じく、あらゆる敗者にも慰めの眼差しを向けてくれるでしょう。
アマテラスの在り方は、そのまま日本人の在り方にも繋がるものなんじゃないかと思いますねえ。

「おわりに」で著者が書いているように、私も日本人の心性がどういうものなのか、どこからきているのかが知りたくて、それもあって古代史本を読んでいるところがあります。
今は縄文時代にこそそれがある!と思って、歴史もだけど考古学にも手を伸ばさなければいけないのかなあと、ダラダラ考えているところだったりします。
そういう時にこの本を読んで、とても参考になりましたね。
著者の「ゆるし」についての考察は、ちょっと私にはまだ遠い境地ですが、姫神の在り方が日本人の心性に影響を与えているというのは同感です。
彼女達と、新王朝のスタンスと、日本の国土と自然環境が作り上げた心性ではないかと思います。

著者は亡くなられてるとのことで、この先を読むことができないのが残念ですね。
でもこの本にはものすごく楽しませてもらったし、感謝しています。
できれば多くの方に読んでもらいたい。
古代の神様がぐっと身近になります。
今の私達と繋がってる感じが、とてもします。




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by teri-kan | 2014-08-09 00:01 | | Comments(0)
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