八木蛇落地悪谷

やぎじゃらくじあしだに。

広島市を襲った土砂災害で、最も被害の大きかった八木の古い地名だそうです。
八木蛇落地悪谷 → 八木上楽地芦谷 → 八木。
このような変遷を経ているのだそうです。
なんて言うか、すごいとしか言いようがないですね。








先人の教えが生かされなかったとか、歴史が生かされなかったとか、いろいろ言われてるのでしょうが、そもそも地名変更には歴史を消してしまおうという意図が大いに含まれています。
だからこれは非常にデリケートな問題で、知人の昔の話ですが、日本の古い地名の研究がしたいと大学で教授に伝えたら、「やめた方がいい」と説得された人もいたそうです。
他人の住む土地をあれこれ言ったり、過去を調べたりするのは、いろいろ微妙なんですよね。
私の身近でも、これまで人が住まなかったところに家を建てた人が、そういった類のトラブルを起こしたと聞いたことがあるし、住宅地に関しては口をつぐんでいる方が良いといった風潮にどうしてもなってしまいます。
先に言ってくれれば住まなかったのにと言われても、事が起こって初めて明らかにできるといった現状があって、だから今回被害に合われた方、特に他所から移ってこられた方々は本当に運が悪くてお気の毒だったと思います。

この「八木蛇落地悪谷」という名前ですが、目をひくのはやはり「蛇落地」ですね。蛇が落ちてきた地。
なるほど、映像を見ても、大蛇が山の中腹から木々をなぎ倒して麓まで下りてきたんだろうと思われるような蛇の通った後ができています。
一本どころではない数で、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説の元はこういった同時多発土石流の可能性も高いと思われるほどです。
八岐(ヤマタ)はヤギとも読めるため、「八木」の由来も怪しいものですが、ここは素直に「たくさん木がある所」と解した方がいいのかな? 
でも映像を見ていると、あの土砂の扇状の広がりはマタとか股とか俣とかですよねえ。

ここでは蛇は悪者になっていますが、もともと蛇は水の使い手で、水に関して良い方にも悪い方にも力を発揮する、といったものではなかったかと思います。
というか、はるか昔は未知の力を感じさせる力ある生物として敬われていました。
それはヨーロッパでもそうで、そういった蛇への畏怖が後にメドゥーサのような恐怖の対象になったという話、以前本で読んだことがあります。
日本では神社のしめ縄が蛇を模したものですね。あれは2匹の蛇が絡まってる姿で、いわゆる蛇の交尾。生命力の象徴。
蛇は原始の日本人にとっても敬うべき存在だったんです。

先日読んだ「姫神の来歴」で、稲田の女神であるクシナダヒメは蛇神で、八岐大蛇とクシナダヒメは同族だったと解説されてたんだけど、古くから蛇が崇拝されていたことを考えると、結構納得できる説でした。
田に水をもたらすのも、大雨で洪水を起こすのも、元の力は同じと考えた方が理解しやすい。
ただ、人間にとっては大雨洪水土砂崩れといった災厄の方がインパクトが強くて、次第にその負のイメージの方が大きくなったかもしれません。
洪水や土石流だけじゃなくて、日々の治水も蛇神の管轄のはずなんですけどね。

というわけで、八木は蛇神様をもう一度祀りなおした方がいいかもしれません。
治水は蛇じゃなくて行政の仕事!って言われるかもしれないけど、行政に限界があるのは土砂災害警戒区域の指定の困難さをみても明らか。
それなら蛇の力も借りて、普段から雨や土砂に対する意識を住民レベルで維持し続けるようにした方がいい。
「蛇落地悪谷」と名付けた先人達の教えを残そうと思うなら、先人の思考や宗教観のようなものも理解し引き継ぐ必要があるでしょう。
というか、それらも引き継げば、過去の教訓が歴史に埋もれる可能性も弱まるのでは。
この土地に住む限り蛇とのお付き合いは続くのだから(いずれまた土砂災害は規模の差こそあれ起こるでしょう)、これからも住み続けようと思うなら、普段から蛇神様と触れ合う機会を作るのも手ではないかと思います。

……と、いろいろ書いておいてなんですが、本当は今こういうこと考えるべきじゃないんですよね。
行方不明の方はまだいらっしゃるし、避難所暮らしの方も大勢いるし、土砂がたまったままで水がはけない限り災害はまだ進行中。呑気に地名についてあれこれ言ってる時じゃまだないんです。
だけど、TVで紹介されたらしい「八木蛇落地悪谷」のインパクトが強すぎて、書かずにいられませんでした。
それほどこの名前がもたらす衝撃は大きい。
ストレートすぎるというか、当時も谷一帯全滅だったんでしょうねえ。
今の被災者と同じような苦しみと悲しみを感じたんだろうということが簡単に想像できます。

当時の人達の絶望や恨みがすごく伝わってくるんですよ、この名前。
「蛇落地」だけでもダメ、「悪谷」だけでもダメ、二つ並べてもまだ足りなかったであろうこの土地に対する忌々しさが感じられて、なんかもう、言葉がないです。

結構この地名に打ちのめされています。
名前そのものもだけど、そう名付けずにはいられなかった当時の人の心境が辛い。
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by teri-kan | 2014-08-28 13:33 | 事件・出来事 | Comments(0)
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