「肉食の思想 ヨーロッパ精神の再発見」

鯖田豊之著、中公新書。

ちょっとした欧米人への疑問が、これ一冊でかなり解決されるのではないかと思われる名著。
最近の例でいえば、アメリカのエボラ隔離政策への批判ですね。感染拡大を防ぐための隔離が人権侵害に当たるという批判が起こった件。
日本人の感覚からすると「自宅待機くらいしてよ」ってとこですが、それすら許さないといった反発がなぜ起きるのか、そういった彼らの自由への渇望の理由が、これを読めばわかります。








欧米人、というか欧州人にとって、自由と平等はフィクションなんだそうです。
フィクションだと言われると、「あ、そう言われりゃそうだな」と、ストンと腑に落ちます。
自由を尊びながら、なぜ未だにガチガチの階級社会なのかも、この本を読めば「なるほどー」。
過激な捕鯨反対派なんかも、なんであんなに動物の上下を区別し、驚くほど上から目線なのか、これを読めばやはり「なるほどー」。
キリスト教のせいだというのはわかっていても、それがどうしてあそこまでになってしまうのか、これまで理解不能だったけど、肉食民の生活ぶりを考察されれば、なるほど納得の説得力です。

いやー、ヨーロッパ人、あれはちょっと大変かもしれないなあ。
人間としての、根本的な抑圧という意味では、キリスト教徒の欧州人はさぞかししんどかったのではなかろうか。
だから革命なんて物騒なところまで行ってしまうんだよー。
だからこそ科学の発達もあったってことではあるんだろうけどさー。

肉食の民というのは、牧畜で生きていってる民ということなんですね。
確かに野生動物を狩るだけの肉食では、あんな大きな社会の構築は無理だ。
たくさんの家畜を育て、自分達の数を上回る動物とすぐそばで暮らしてこその肉食民。
しかしその動物との近さが、人間に様々な問題を与える。
うん、発情期の家畜の大群の、入り交じり放題のケモノじみた交尾(実際ケモノなんだけど)を人間のすぐそばでやられたら、そりゃ人間としては自分達の性欲のコントロールに粛々と勤しんでしまうわな。
あんな動物とは違って人間は神様に特別に作ってもらったのですって思わないと、いろいろとやっていけないこともあっただろうな。

この本を読んで、映画「コックと泥棒、その妻と愛人」を思い出しました。
あの映画は性欲に突き動かされる人間の肉体を、牛や豚の肉と同列に並べて、正直言って「ちょっと勘弁してよ」って感じだったんだけど、あの時の萎えた感覚以上のものを古代の牧畜民は感じていたのかもしれませんねえ。
そう考えると、なんとしてでも人間と動物を区別しなきゃって方向に進むのはわかります。でもその区別意識が人間も含めたあらゆるものにも適用されてしまうというのは、なんともしんどいことよと言うしかない。

あの映画では最後、とある肉の丸焼きというか姿焼きが出てくるんだけど、丸焼きこそが欧州人の基本で、私のように切り身の肉料理を想像して映画にショックを受けたというのは、本書の言うところの「ままごとの肉食」ゆえだったのかあと、感慨にふけってしまいます。
豚の頭とかねえ、やっぱりちょっとツライなあ。
鯛のかぶと煮はオッケーなんですけどねえ。

1966年発売という古い本ですが、文章は平易で明快。読みやすく、理解しやすいです。
データはさすがに古いですが、グルーバル化以前の欧州と日本の比較ということで、違いはかえってわかりやすいのではないかと思います。
それぞれの風土に合った牧畜メインの欧州と農耕大推奨の日本の違いは面白いですが、日本と欧州の間に位置するインドの解説がこれまたすごくて、インド社会の不幸は農耕に適した土地に牧畜文化を持つ人達が住んでるからという分析には目からウロコでした。
牧畜と農耕の絡み合い方次第でここまで人種の思考に差が出るというのは、面白い指摘でした。



今の世の中を作ってるのは西洋の価値観だから、西洋について知りたいとずっと思っていたけれど、こうして深く知っていくということは、西洋に対して必然的に批判的になっていくことなんだなあと、読後はやけにしんみりしました。
西洋にとって自由と平等はフィクションですと言われて、すごく納得できてしまうというのは、悲しいことだと思うんですよね。
明治の日本は「近代イコール自由と平等」と思ってて、欧米並みの平等を尊ぶ経済国家になれば対等に扱ってもらえるって真面目に頑張ったはずなんですよね。
でも西洋は全然平等なんかじゃなくて、平等輸出国でありながら区別主義国家で、平等を説く文明人の顔をしながら実態は差別上等って人達で、そりゃ全面衝突が起こってもしょうがないだろうなあと、悲しい気分で納得してしまいました。
ああいう戦争の形をとらなくても、いつかどこかで何らかの大衝突は起きたんだろうなあ。
ていうか、国対国の話じゃなくても、わざわざ自由を掲げてるアメリカの国内を見ればお察しなんだよね。
本書を読む限り、西洋の在り方は、人類にとって自然ではない在り方の気がしてしょうがないし、自然でない在り方である以上、衝突は今後もあちこちで起こり続けると考えるしかない。
お先真っ暗すぎる……。

世界的に価値観の転換が必要なんだろうけど、人命を損なわないための秩序を維持しながらそれを行うっていうのは、とても難しいような気がする。
牧畜メインでお肉をたくさん食べる人達を大雑把に一神教の人達と捉えるなら、そうでない農耕民族の多神教的価値観が広まればもっと世の中よくなるのかな? となるんだけど、でもそれって具体的にナニ?って感じもするし、それで世の中平和になるならいいけど、社会システムとして機能しなきゃやっぱり紛争だらけの世界だし、どうすりゃいいんだろうかって感じです。




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by teri-kan | 2014-11-27 14:48 | | Comments(0)
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