「諏訪の神 封印された縄文の血祭り」

戸矢学著、河出書房新社。

御柱祭で有名な諏訪大社について書かれています。
少々ショッキング&複雑な内容で、諏訪の歴史の深さを否が応でも感じさせられます。








正直言ってどこから感想を書けばいいのかわからないほど諏訪の信仰は多重構造なのですが、自分なりに頭の中を整理するなら、やはり本書とは順番を逆にして、石器時代から時間の流れに沿って見ていくのがラクそうです。

石器~縄文時代の人々の信仰を集める高い山々、変わった形の岩や石、しかしそういったものがある土地だからこそ頻発する大地震、それによって大量に血を流して死ぬ人々。
血を求める大地への恐怖と、なんとか地が震えるのを止めたいと願う心。
それらが人間自ら地の神へ血を捧げる行為へとつながり、今に続く諏訪の祭の原点となる。

血を求める大地の神に人間の血を捧げていたという説は、正直とてもショッキングですが、割と無理なく受け入れられますね。
原因がなんであれ恐れが原点にあることは間違いないだろうし、原点が恐れであるならあの土地において恐れとは地震だという説は説得力がある。
だからミシャグジ神の語源も、本書の説はアリかなあと思える。
ホントかどうかはともかく覚えやすい。
覚えやすいということは無理がないということで、これは案外大事なような気がする。
シンプルかつストレートに考えた方が、古代にはより近づけるはずだし。

で、問題はここから。
著者の説でいくと、その後この場所に怨霊神が祀られることとなり、諏訪はその霊を慰め崇める機能も持つようになるわけですね。
と同時に神道の作法も入ってくる。
更に、もともと上社のみだったのが中央政府の意向により下社も創建され、中央から神官も派遣されて、徐々に土着感が薄まっていく。
中央政府の要請&仏教普及による意識の変化により生贄も廃止、代替品は用いられるものの、生贄の儀式に込められた本来の意味は必然的に忘れられていく。
中世には仏教思想の影響を受けた縁起が作られ、創建の由来すら上書きされてしまう。
戦後に至ってはとうとう祭神まで変えられてしまい、誰を祀っているのか、なんで祀っているのか、全く意味不明な状態に成り果ててしまう。
あ、そうそう。参拝の向きまで変わってしまってるんだった。
いやはや、なんと言うか、神社に歴史あり、と一言で言うのも憚られるほど、いろいろあったようです。
歴史ありというか、諏訪大社は歴史そのものですね。

でもここまで歴史を縄文までさかのぼって読み取れる神社は他になく、それを可能にしている諏訪の祭は素晴らしいです。
素晴らしいというか、まあ、執念というか。
縄文の精神を21世紀まで受け継げたのは、相応の土地の事情があったってことでしょうが、時代の流れによる必然の改革を受け入れながらもこうして残っているというのは、これこそ神事のたくましさであり恐ろしさ。
信仰心はもちろんのこと、持続可能な形を作るというのは大事ですねえ。

で、朝廷は諏訪の支配を、流血を伴った弾圧ではなく神の置き換えによって行おうとしたっぽいんですね。
本の中でも詳しく解説されていますが、「古事記」の国譲りの段になって唐突に現れるタケミナカタ。
この神様が超重要で、ここの解説は面白かったですねえ。
古事記に書かれている姿と現実で信仰されてる姿と、これほど違う神も確かにいないかも。
どちらを信用するのかというのが問題ですが、状況を考えたら、まあ、決まりきってるかな。

とにかく、非常に面白い諏訪の神についての本でした。
神というか、諏訪の信仰といった方が内容としては正しいですね。
神の霊威は変わらない。それ自体はどのようにも変わらないものだけど、それをめぐる人間達の思惑がその時々の都合によって変わる。
そのせいで完全に失った神も全国に多いと思うのだけど、諏訪がなければ失ったものへの思いももしかしたら持てなかったかも。
諏訪大社は本当に稀有な存在だと思いますね。

ところで、諏訪大社と言えば御柱祭というほど有名な御柱。
これについてはこの本でも詳細に分析されていますが、いろいろ難しいことも多く、感想があまり書けません。
ただ、著者の説はとても興味深く、御柱にとどまらず、「日本人にとって柱とはそもそもなんだ?」というところまで考えさせられてしまうようなものでした。
神社ときて柱というなら厳かで神聖なものでしかありえないのですが、どうもそれだけではないようなんですね。

御柱祭の木落としは圧倒的で、あれを見たら誰でも思考停止に陥って当然なのですが、思考停止の先にあるものを著者は示していて、言われてみれば確かにそう。
御柱、乱暴に扱われすぎ。
でもそれにこそ意味があるというのは、そうなんだろうと思います。
現代になっても古代さながらに人力で木をひきずって運んでいること、現代人にさえそれをさせる神の力が諏訪には未だあるということ。
異様なほどのその力の根源は何か、それにはやはり興味をそそられます。

あまりに古代の色を残しているので、現代の価値観から諏訪の祭を受け入れがたく思ってる人もいるようですが、日本の精神のルーツを辿れる貴重なものなので、そういうニュースにはなんとも複雑な気持ちになります。
第三者が何を言おうと、結局地元の方々の意向が一番だと思いますしね。
良いように進んでいってもらえたらなと思います。




[PR]
by teri-kan | 2015-01-09 17:08 | | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 三谷幸喜の「オリエント急行殺人事件」 いよいよ歪な紅白歌合戦 >>