「闇の守り人」

上橋菜穂子著、新潮文庫。

守り人シリーズの第二弾。
女用心棒バルサの故国、カンバルが舞台のお話です。

以下は大ネタバレを含んだ感想になります。








とにかく面白い。
ずっと「うひょーっ、面白い!」と高揚した状態で読んでました。
で、最後にしんみりホロリ。
うーん、この感慨はねえ、どう言葉で表せばいいのか。
父、伯父、叔父、兄といった、自分を育んでくれた者達とああいう形で相対するというのは、いやー、どう言えばいいんだろう。
優しいけれど残酷でもありますね。
でも年月がたっているからやはり優しいか。

ジグロの心の奥にあったような感情もあそこでは露わになってしまうわけで、ああいう感情は、それこそ密接な関係を結んだ者同士だからこそ持ち得るものであって、そういったものを含めての父や兄の、子や弟への愛なんですよね。
で、カンバルの成り立ちがああいうもので、古来よりその儀式を保っているということは、カンバルを成り立たせている根本が「それ」ということで、「それ」が失われてしまったら、確かにカンバルは崩壊してしまうんだろう。
「それ」とは、父や兄の教えを大切にし、父と兄を敬い、それと同じだけの思いをもって子供に技と教えを伝授するという、こう書くと陳腐極まりないんですが、要するに一族仲良くしろってことですよね。で、他の氏族との連帯を大切にしろと。

つまるところ相手を思いやって協力し合わないと、この国は国として成り立たないということなのでしょう。
ルイシャ(青光石)をその象徴とするのは、もうすごすぎるんですが、自分を育ててくれた人の愛がああいうものになるというのは、しかも自分の目の前でああなるというのは、ちょっとねえ、人の子として生まれてきてこれ以上何を望もうかって感じですよね。
せめてこれを次の世代に伝えるという、ホントそれだけのような気になります、大事なことは何かとなったら。
それくらいあのクライマックスは、なんかもうすごすぎましたね。

カンバル国って国土が貧しくて、なんとかしたいと考えるあまり無茶な方向へ国を持っていこうとする発想が、確かに起きかねない国だと思います。
しかも個人の武勇を尊ぶお国柄であるなら、武力によってそれをやろうとする人が出てくる可能性大いに高し。
そうさせないためのシステムとして確かにあの儀式は素晴らしいんだけど、いやー、想像していた以上にすごすぎて、たとえ二心を持って山に入ったとしても、父達の愛に浄化されるだけでなく、およそこの世のものとは思えない出来事に圧倒されて、最終的には魂抜かれてしまうに近い状態になっちゃいますよね。
毒を持っていた人もあれでは毒気を抜かれてしまうだろう。
国が大きく発展するという事は、こうやって毒を抜かれ続けていく限り絶対にないだろうけど、今のまま美しくあり続けるのは可能で、カンバルの美しさのベースは、そういったところにあるのかもなあと思いました。

実は読んでる最初から「カンバルは綺麗だなあ」としみじみ感じてて、畑の土が痩せてるのが欠点だけど、人間以外の生き物にはこれ以上ないほど良い土地のようだし、人間にとって優しくないだけで国土自体は素晴らしいところだなあと思ってたんですね。
でも人間にとってもいい場所だったということで、なんていうか、しみじみと良かったなあと思いますね。
バルサの故国が素敵な国だったとわかって本当に良かった。
これで彼女の苦労が消せるわけじゃないけど、それでも彼女のために良かったなあと思います。

にしてもねえ、まさか「山の王」があれだったなんて、思いもよらなかったですね。
山の王なのに水属性で、しかも脱げたアレがアレで、ぶったまげましたよ。
しかも今回の儀式は35年ぶりで、その間死んだ「王の槍」はそれまでの約20年間隔よりも大人数で、闇の守り人も大人数で、王も多分例年よりも大きくなってて、最後みんなで必死に引きあげてたけど、多分今回のはとっても重かったんだろうなあ。

ルイシャもきっと多かったに違いない。
年月がかかってる分熟成(?)も進んで、もしかしたらより輝きの強いものにもなってたかもしれない。
勝手な想像だけど、ルイシャの原料があれであるなら、もしかしたらちょっとした個性なんかもあるのかもしれないなあって思ったりもする。
で、資本主義&個人主義の現代に毒された自分なんかは、もし自分がその一族の者ならば、そういう由来であるなら是非自分の宝として持っておきたいなあなんて、所有欲がわいてきたりする。
お守りにしたいなあとか。

いやー、欲張りで全然ダメダメなのです。
カンバル人の政治事情をあれこれ言える立場ではないですね。
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by teri-kan | 2015-01-28 16:26 | 本(上橋菜穂子) | Comments(0)
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