自由の氾濫

今年に入ってからいろいろな「自由」がメディアで騒がれました。

最初はサザンの桑田ですかねえ。
思想信条をコンサートで主張する自由。紫綬褒章をぞんざいに扱いオークションネタで茶化す自由。
それはまあ日本国内でなんとかなる問題にしても、それ以後はシャレにならない自由ばかりでした。

宗教を侮辱した絵を描いてもよい自由。信仰を侮辱されたら人を殺してもよい自由。
郷に入っては郷に従えなど関係なしに移民先で好き勝手生活する自由。
多文化共生を掲げながら区別と差別をする自由。
行くなと言われている地域に入る自由。無害の外国人を人質にする自由。
人質が危険な状況にあることすら政権批判に利用する自由。
テロリストに同調するかのような発言をしてもよい自由。
人質救出を訴える記者会見で反原発・地球環境保護を訴える自由。
残忍な方法で殺害し、その映像を世界中にばらまく自由。
サッカー観戦していた少年達を殺す自由。
自分の意に従わないだけで公開処刑をする自由。

自由が氾濫しすぎて、頭の中がぐるぐるです。
皆好き勝手しすぎだろう。
イスラム国、もといISILは論外だ。
でも他の人達だって少しは節度というものがないのか。
だから自己責任が云々なんて話になるんだ。
別にシリアに入るのだけが自己責任じゃない。
これだけ自由があふれてるから何にでも自己責任が問われるだけで。
だから殺されても仕方ないとかそういう話じゃなくて、とにかく、なんていうか、もう、自由って一体なんなんだ!ってことですよ。
皆が自由に好き勝手振る舞えば、そりゃどこかで何かとぶつかって、それが取り返しのつかないことになってしまうなんて、普通にあるに決まってるでしょう。
なんだって皆そんなに自由気ままなんだろうか。

だから自由を最大限拡大解釈して振る舞っているISILは、全方位に喧嘩売ってる最低最悪な集団です。
特に現地の普通のムスリムの方達は気の毒極まりない。
同朋をあれだけ殺しておいて、それでイスラムの教えだのなんだの何を言ってるんだかって感じだし、各国のイスラム教指導者はこの状況をどう考えているのか、ちょっと教えてもらいたいですよ。

あまりうかつなことは言えないけど、イスラム教って宗教として考えた時にどうなんでしょうか。
人間に自由を与えたら欲望のままに自由が氾濫して収集つかなくなるのは決まりきってて、それをコントロールするための宗教の発生だったはずですよね、最初は。
古代人がタブーや禁忌と言われるものを作ったのは、人間の自由気ままを制限して、社会的安定を求めたからですよね? 
当たり前だけど、殺したい放題盗みたい放題の社会じゃ人間は生き残っていけないわけで。
そのためにどんな形式であれ宗教は絶対的に必要で。

で、ISILはその縛りを完全になくして、最も原始的なタブーからも自由になって、人を殺しまくってるわけですよ。特にイスラム教徒を、イスラム教の名のもとに。
ムスリムのほとんどの方はISILの蛮行を「イスラムの教えに反している」と仰るけれど、イスラム教の教えに凝り固まった人間が、行き着くところまでいけば宗教を飛び越えてタブーなしの原始人に戻るというのが、もう、理解の範囲を超えていて呆然とする。
ただのテロリストで宗教は関係ないとか言われるけど、あるいはイスラム教は利用されてるだけって言われるけど、イスラムの戒律を守ってないからイスラム教徒を殺すという図式に、イスラム教は無関係ですと言っていいものなのかどうなのか、申し訳ないが判断がつかない。
個人個人のムスリムには、必要なものだとは思うけれども。
宗教はやはり心を救ってくれるものだから。



湯川さんと後藤さんが殺されたショックから私もまだ抜け出せてないので、なんだか書いてることが支離滅裂ですが、彼の地がなんとか少しでも良い方向に向かっていってほしいと切に願います。
時間がかかってもISILは壊滅へ。
そしていつかイラクやシリアが再建される時、難民となっている人々が無事に故郷へ戻れるよう、日本には支援を続けてもらいたいと思います。
それが日本のためにもなるはずだと思います。

お二人は本当にお気の毒でした。
心からご冥福をお祈りします。
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by teri-kan | 2015-02-02 17:02 | 事件・出来事 | Comments(0)
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