「天と地の守り人 新ヨゴ皇国編」その2

前回の感想の続き。
南の人の北の大陸への憧れと、チャグムの生命力についてです。






タルシュ皇帝の北の大陸への憧れには心底驚いたのです。
100年間年を取らないって、どう考えてもタルハマヤじゃないですか。
それが夢のような場所の言い方されててたまげた。
一瞬「アスラのお母さんの言ってたことは正しかったのでは?」と考えてしまいましたよ。
すぐにアスラの悲劇を思い出して、「いやいや違う」と思い直したけど。

にしても、気味の悪いお告げです。
南の大陸の神官や呪術師は、一体どういう占いやら術やらを施してそういう結果を得たのか。
確かに山の王の御座所を考えれば北の大陸は異世界との結びつきが強く、そのためいろいろな変異も起こって、それ系統の伝説が生まれやすいかもなあと思いますが、神官達の進言は、それこそ神官自身の思い込みや願望から来てるんじゃないかと思われるほど、どこかうさんくささを感じさせます。

やっぱり100年間そのままの姿というのが怪しすぎるんだよなー。
かなり不正確なタルハマヤの話を基に、適当に言ってみただけなんじゃないのー?なんて見方をしたくなる。
権力者に聖地だのなんだのを勧めるのって裏があるとしか思えませんからね。
しかも話があまりに都合よすぎて綺麗すぎて、うさんくささプンプンです。

まあともかく、南の一部の人間にとって、北は興味を抱くにふさわしい大陸ではあるらしい。
そしてそう考えるなら、新ヨゴ建国の立役者ナナイさんも似たような考えを持って大海を渡り、北の大陸に降り立ったのかもしれない。
シュガによればナナイは結構冷徹な人っぽいとのことで、都が流されるのなら流されてしまえ、それに気付けないのなら人も一緒に流されてしまえ的なことを言っているのが恐ろしい。
帝やそれを支える人達に対してもだけど、民の命をまるっきり無視してるセリフなのが引っ掛かる。
この人何のためにわざわざ海を越えて国まで作ったんだ?って思っちゃいますよ。
民の幸せのためとか全くなく、ただ単に自分のための建国だったのか?とかね。

新ヨゴ皇国はナナイの個人的野望を叶えるための国家で、だからこそ連れていく皇子もイマイチ頼りない人を選んで、自分が自由に采配を振るえる国を作った可能性、結構高いんじゃないかと思えてきましたよ。
「神輿は軽い方がいい」と某政治家が昔言ったことがあるけど、どうもナナイの国家建設にはその匂いがする。
で、帝の扱いについては旧ヨゴ皇国を反面教師にして、兄弟間の皇位争いを起こさせないやり方を作ったはず。
具体的に旧と新でどのように違うのかはわからないけど、少なくとも穢れを極端に嫌い、身も心も清くあらねばならないという方針はそのためのものではないかな。
誰かを蹴落として帝につきたいと思うこと自体「天ノ神」に許されないことだとすれば、兄弟間の皇位争いは派手なものにはならないわけだし。

でも、だからこそ新ヨゴの帝は哀れなんだ。
聖性の作り方にかなり無理をしてるし、あれでは帝は精神的に壁の中に閉じこもるしかない。
特にチャグムの父帝はナナイが「流されるなら流されてしまえ」と予測していた国家滅亡の危機に当たった帝として、逃げれば助かる命を濁流と共に捨ててしまった。
彼にはあれしか出来なかっただろうからしょうがないんだけど、なんていうか、すごくこのシステムの犠牲者のような感じがしますね。
「天ノ神」に選ばれた帝が国の頂点にあるという制度は、国全体をまとめるのにはとても有効だけど、人間としての帝にとっては不自然極まりないとしか言えないです。

だから父帝へのチャグムの抵抗は、性格が合わないとか外の世界を知ったからというより、本能的な危機感からの抵抗だったのかなと思います。
生存本能が発するエマージェンシーシグナルと言うか、チャグムの健全な生命力の発露だったのかなと。
異世界を見ることができる子供は危機を知らせる役目を与えられてるという話があったけど、チャグムは皇家や国家の危機でそれを発揮したのかも。
もちろん本能で、無意識的に。
そしてそこまで生存本能が高められたのは、精霊の卵の体験があったからだろうと思います。

ただ、チャグムが最終的に多くの人を救って国家再建の道筋をつけれたのは、この時に限って聖導師が不在だったからでしょうね。
国家の危機を前にしてナナイの系譜に連なる聖導師が倒れてしまったというのが、ナナイの作った国の終わりの象徴だったかもしれません。
父帝は聖導師の不在を心から惜しんで死んだと思われるけど、チャグムと父の運命を分けたものは案外その辺もあったかなあと思います。

だからチャグムはこれから政治体制を作り直す時、聖導師のあり方を見直すべきでしょう。
聖導師は宗教的学問的権威も備えた宰相というポジションですから、あまりに権力が大きすぎるんです。
ナナイのような天才でなければ務まらないとシュガが作品中で言ってるけど、ホントにナナイって他人のこと考えてないんですよねー。
国家なんて凡人が運営することも考えて制度を整えるべきなのに、この人天才すぎてその辺まで頭が回ってないんですよ。
自分が偉いからって、危機に気付けない馬鹿なら流されてしまえって、やっぱり酷いよね。

シュガは気付けたけど聖導師じゃないから帝に進言できなくて、聖導師がいないから政治システムは機能不全を起こして、まさしくナナイの作った国家体制の限界が来たんです。
突き放したナナイのせいで、人間も国家もろとも滅ぶところだったんですが、それを救ったのは異世界を体験して生命力が研ぎ澄まされた皇子だったというのが面白い。

同じ自然の理を理解していながら、ナナイとチャグムは対極にいますよね。
ナナイのあの冷徹さは、善悪によらず動く自然の理を理解していたからでしょうが、知識以上に実体験でそれを身につけたチャグムと比べると、自然の理の中で生きる一つ一つの命に対して、ちょっと情に薄い感じがします。
ナナイにとってはあまりに先の予測なので、自分の責任から離れきってるというのもあったでしょうが、頭が良すぎた人なんだろうなあとは思います。

そのナナイでさえ、皇族から救世主が現れるなんてきっと思いもしていなかったことでしょう。
異世界の生命力にあふれた自然の理は、皇子をちょっとやそっとじゃへこたれない強い子にしてしまいました。
善悪や思想信条とは無関係の食物連鎖の中に卵として身を置いた体験は、シンプルな生存本能を極限まで呼び起こしたはずだし、あれを経験した人間の強さは計り知れないものがあると思います。

このシリーズはめぐりめぐって関わり合う命と命、それらが織りなすこの世のありかたをテーマにしていると思うのですが、だからこそ主人公は強い生命力を持つ人物なんですね。
バルサとチャグムの生命力は、その基盤も現れ方もそれぞれ違うんだけど、どちらも強烈です。

やっぱり生命賛美のお話なんですよね、「精霊の守り人」の感想でも書いたけど。
そうと説明的に表現されてるわけじゃないけど、命あるものを徹底的に肯定しているのが読んでて気持ちいい。

良い物語でした。
これからはゆっくりと短編集を楽しみたいと思います。




[PR]
by teri-kan | 2015-02-23 14:03 | 本(上橋菜穂子) | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 表現の自由の説明の疑問 「天と地の守り人 新ヨゴ皇国編... >>