「炎路の旅人」

上橋菜穂子著、偕成社軽装版。

守り人シリーズの番外編。
ヒュウゴの少年時代のお話です。
作品集「炎路を行く者」に収められており、現在はプロフェッショナルな大人として凛々しいヒュウゴの、青々しくも瑞々しい十代の生命力が描かれています。

以下は感想です。







なぜ新潮文庫はこれをさっさと出さないのか!

そう思わずにはいられない出来のよさ & 守り人シリーズにとって重要なエピソードがたくさん出てきます。
ヒュウゴがどんな少年時代を過ごしてああいう大人になったのか、大納得の彼の人生が描かれています。

ヨゴ皇国の滅び方と、今まさに滅ぼされようとしていた新ヨゴ皇国の帝の取った方法を比べて、「天と地の守り人」を書いた後これを書く作者スゲーなんて読みながら思ってたんだけど、なんとこの作品は「蒼路の旅人」の前に書かれていたとのことで、なるほどそうだったのかーという感じです。
これを書いていたからこその新ヨゴ皇国のアレだったのかあと、なんだかしみじみしちゃいました。

新ヨゴ皇国のチャグムの父帝の、タルシュの脅威への対抗の仕方が思い出されて仕方なかったです。
国民皆玉砕の道に進んでいた新ヨゴ帝の在り方は、幼いヒュウゴにとっては「それこそが正しい道」だったかもしれません。
「帝の盾」の長男として生まれた彼は、帝があってこそのヨゴ、帝のいないヨゴなどない、といった風に教えられ、最後までその形態を守るのが「帝の盾」だと思っていたはずですからね。
そこに誇りを抱いていたはずで、だからこそタルシュ支配下になった国の実情にあれだけ苦しんだ。
でも多くの民衆にとっては新ヨゴ帝の選択は地獄でしかない。
そこのジレンマというか、国を成り立たせているものの複雑さというか、二つの階層の狭間に立ってしまった者の引き裂かれた感が、なんとも胸につまる話でした。

ヒュウゴは本当に本当に、大変だったんだなあ……。

国家滅亡した時に十代前半だったというのがミソと言いますか、大人の事情を受け入れられるにはまだ幼く、育ちを忘れて民衆化するには既にしっかりと教育を受けてしまってて、その非常に微妙で危うい年代にああいった価値観の大転換、理想のどんでん返しに身を置かなければならなかったというのは、本当にしんどかっただろうと思います。
描かれていたヒュウゴの葛藤や苦悩は本当に可哀想で、あの年代なりに精一杯生きて、あんなにギリギリの状態で頑張ったのに、それでも出来たことはああいう生活だったという、少年であるがゆえの限界が本当に可哀想でした。
そりゃあそれなりの大人になるわけだよ、ああいうのを乗り越えてきたのなら。
タルシュ軍に入っても更に大変だったろうし、ヒュウゴにはエールを送るしかありません。

仕えた第二王子は後に皇帝になったし、王子が馬鹿でなければおそらくヒュウゴは宰相になったことでしょう。
二人目の枝国出身の宰相としてきっとバランスの良い政治を行っただろうと、勝手に想像しています。
で、実はそうなると気になるのが滅んだヨゴ皇国の旧皇族で、彼らっておそらくタルシュ本国でのうのうと生きてるわけですよね?
多分ヨゴの皇族は新ヨゴ帝のように世慣れてないことないだろうから、タルシュに通じていた貴族達と謀って「帝の盾」とその親族をタルシュに売るくらいやっただろうし、そうでなくても結果的にそういった形になってるし、「帝の盾」の親族に生き残りがいた場合、最も困る立場になる方々のはずなんですよね。
だからヒュウゴが宰相になったら彼らは戦々恐々だと思うんだけど、でも思えば宰相になる以前からヒュウゴはそこそこ名が知られているはずだし、フルネームを名乗れば知ってる人は気付くわけですよね、「げっ、アラユタン家の息子だ」って。
となると、ヒュウゴの台頭はもしかしたら旧ヨゴや現在のヨゴ枝国の支配者層から危険視されていたかもしれなくて、であるならばヒュウゴはずっとヤバい状態にあったってことになる。

ようするにどういうことかというと、絶対に書いたら面白い物語になること必至だから、是非是非ヒュウゴを主人公にした一代記を書いてくれという、叶うことのない望みを抱かざるをえないということです。
こんな魅力的なキャラクター、そうそういないと思うし。

にしても、こういった生い立ちを経ていることを前提にして、チャグムとの関わり方を振り返ってみると、ヒュウゴを成り立たせているものの中に「帝の盾」の跡継ぎとしての立場が今なお存在してるんだなあと感じます。
チャグムに死を許さなかったヒュウゴの心情を思うと、ちょっと平静ではいられないのですが、子供の頃のヒュウゴが信じていた天ノ神の子としての帝の理想をチャグムに見ることがもし出来たのなら、「帝の盾」を真に誇ることも出来たかなあと、ちょっとだけ思います。
チャグムが臣下を裏切ることなく民衆も守ることができたなら、ヒュウゴの中に残っていたかもしれない少年時代の傷ついた心も救われるかなあと、そうであったら良いなあと、守り人シリーズの未来のことまでも考えた「炎路の旅人」でした。




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by teri-kan | 2015-03-16 09:08 | 本(上橋菜穂子) | Comments(0)
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