「獣の奏者」 探求編・完結編 その1

上橋菜穂子著、講談社文庫。
4巻ある本編のうちの後半の2巻。
闘蛇編・王獣編で描かれたテーマをより発展させた物語です。

以下は超ネタバレ満載の感想になります。
まずは、エリンと王獣について。








言っちゃあなんですが、エリンとリランのこんな結末を読まされるのなら、追加の探求編・完結編なんていらなかった(涙)と、マジで思ってしまうくらい辛い最後でした。
ストーリー的にはこれしかなかったと思いますが、彼らには思い入れがあったのでねえ、ただただ悲しかったですね。



探求編・完結編は闘蛇編・王獣編のテーマをより発展させた物語で、エリンの子のジェシの登場のおかげでその辺がとてもわかりやすくなりました。
ジェシの成長物語でもあり、獣と深く関わって生きた祖母ソヨン、母エリン、ジェシと続く3代の親子の物語でもある。
探求編・完結編のテーマは、もうはっきりと「つなぐ」ということですね。
命をつなぐ。知識をつなぐ。
本文中では松明のたとえが出てましたが、このテーマは実はさりげなく闘蛇編・王獣編にも描かれていたことであります。

母に命を救われ、ジョウンおじさんに命をつないでもらって、エサル師によって社会的に独り立ちできたエリンは、人ひとりが命をどうつないで生き延びていくかを体現しています。
そして世代をつなぐという意味では、ソヨンからエリンがそうでしたが、ジェシほどわかりやすいものはない。
困難な生を生きるであろう子供をそれでも産むという、人としての本能をエリンに見た時、エリンの父親と母ソヨンもそうであったのだろうと振り返ることができます。

そういった本能として命をつなぐことの他に、知識をつなぐことが人間には重要で、実は知識の継承がなければ人間は社会で生きていくことが難しくなる生き物であります。
これが人間と獣の最も大きな違いであり、そして本作の最大のテーマはその「知識をつなぐ」ということ。
エリンの苦しみの根源にあるものは、もしかしたらそれだけだったかもしれないほど重要なテーマです。

エリンの母の婚約者だった霧の民(アーリョ)のナソンが物語の終盤でも出てきますが、彼はエリンにもジェシにも怒りを起こさせてしまう人物で、おそらく読者ウケもあまり良くない人ではないかと想像します。
だって知識を持たないからこそ頑張って試行錯誤してる人達を見下しているんだもん、自分の知識は教えずに。
そりゃいけすかない奴ってことになります。

彼は知識を持つ者として圧倒的に優位にあるんですよね。
で、そんな立場からエリンを説教する。ていうか、昔エサル師も彼に会ってるんだけど、彼女も不快感を感じた一人で、ジェシやエリンのような子供ではなかったから、彼への不快感をきちんと論理的に理解していました。
でも大人でなくても、むしろ子供だからこそ、エリンは知識を持つ者が上段に立って持たない者を糾弾し抑えつけるというのを本能で嫌った。
残念なことに、この感情が結局エリンを動かす基の一つとなってしまいましたが。

知識の独占による歪みが母を殺したようなものである上にそんな態度をとられたら、当然エリンは反発するしかないわけで、これがエリンの行き着く先がああなった理由の一つになったなあと考えると、なんともやりきれない気持ちになります。
獣への愛情と、霧の民(アーリョ)の在り方への反発という二つの要素がエリンの中で重なってしまったから、あそこまで行ってしまった。
獣を掟の縛りから解放することと霧の民(アーリョ)の戒律から母と自分を解放することは、おそらくエリンの中では同じことだったでしょう。
そのために必要なのは、一部の人間だけに伝えられている知識を皆に明らかにすることですから、確かにこれだとエリンは霧の民(アーリョ)と対立し続けるしかないんですよね。

母の死に方がエリンの一生を決めてしまったとしか言いようがないのですが、エリンの行く道を後押ししてしまったのはやはり霧の民(アーリョ)の在り方で、王獣編の後半で祖母に会った時、せめて彼らが母の死を悼んであげていたら、エリンのその後は違ったものになっていたのではないかと残念に思います。
掟を破ってでも娘の命を助けた、その母の愛をほんのちょっとでも肯定してくれていれば、エリンは随分救われただろうに。
時代の流れが厳しかったので、行き着く先は似たようなものだったかもしれないけど、でもちょっとは違っていたのではないかなと思いますねえ。

母を闘蛇に食われて永遠に別れなければならなかった自分と、幼獣を闘蛇から守って仲良く過ごす野生の王獣の親子を比較したこと、エリンは多分あるだろうなあと思うのだけど、子供を産んで家族を作る、何の縛りもなく愛情に包まれて暮らすということが、エリンにとって人間とか獣とかの区別なく何より大事なことだというの、確固たるものとしてあっただろうと思います。
そういうことができるなら、飼われている状態の王獣でも結構許せたくらいに。
許せたというか、人の手の中でも家族を作ってほのぼのやってた王獣に救われたというか。

エリンにとって王獣の存在がどれだけ大きかったか。
王獣の在り方はエリンにとって生きることそのものだったのだなあと、4巻全てを振り返ってみて思うのですが、終わってみればエリンは王獣を正しい在り方へ向かわせたということで、彼女の行動は少なくとも間違いではなかったということになるかと思います。
命をかけて(結果的に)問題提起を起こしたのが母ソヨン、エリンは王獣と共に生きて彼らを知ることに人生を捧げ、息子ジェシが遺志を受け継ぎ王獣を野に解放する。
人間の手からの獣の解放はジェシの母の生涯の願いでしたが、おそらく祖母の願いでもあったでしょう。
彼らが3代でやり遂げたことは、それぞれの母を無残な形で亡くすという、子の立場からしてみれば悲惨この上なかった上に、彼らに愛されたリラン達にも大変可哀そうな事になってしまいましたが、はるか古代から人に使われてきた王獣という種にとっては僥倖でした。
王獣の解放は、読者的には素直に嬉しい。



ではもう一つの主要登場動物、闘蛇はどうか。
実はこれが大変難しいのです。
ある意味王獣よりも厄介。
エリンは死につながる飼育方法から闘蛇を救ったけれど、それがまた闘蛇軍の複雑さを増やしてしまったし。

ということで、続きは次回。
これは長くなりそうだ……。




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by teri-kan | 2015-05-27 17:18 | 本(上橋菜穂子) | Comments(0)
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