「獣の奏者」 探求編・完結編 その2

前回の続きの感想です。
内容は、兵器としての闘蛇。

ここから先は超ネタバレありです。








王獣はエリンと運命共同体で、物語の最後はああいうことになってしまいましたが、一応エリンの望み通りに最終的には野に解放されました。
リランの子孫は絶えることなく、これからも自然の中で命をつないでいくでしょう。
あるべき形に戻ってめでたしめでたし。
リョザ真王国は権威の象徴を解き放ち、風通しの良い国家に生まれ変わりました。

でも、じゃあこれで「リョザは国も獣も万々歳だね!」となったかというと、必ずしもそうではなくて、実はラストは肝心なことが微妙に外されています。
一体、闘蛇はどうなった?
惨劇の主原因、闘蛇の人工繁殖はどうするのだ?
エリンは闘蛇の使役そのものに心を痛めていたけど、一体闘蛇はリョザにおいて将来的にはどうなるのだ?
そういったことが一切描かれていないんですね。

ていうか、過去の惨禍と現在の惨禍の最も大きな原因は、というかこの問題の根本中の根本は、どっちかというと王獣より闘蛇の方にあるんですよね。
クライマックスの戦いにおいても、王獣が狂ってしまったのは大きな災いでしたが、冷静に見たら王獣よりも闘蛇によって死んだ兵士の方がはるかに多いんですよ。
王獣が噛み千切った兵士はいるし、王獣の声でひっくり返った闘蛇の下敷きになったことを「王獣のせい」と言ってしまえばそうなんですが、でもほとんどの兵士は「闘蛇の」下敷きになって死に、「闘蛇の」毒にあてられて死に、「暴れた闘蛇が」ぶつかったことによる建物の倒壊によって死に、王獣が引き金になったとはいえ、直接人間に危害を与える凶器となったのはどう見ても闘蛇の方。
特に即死する猛毒は最悪で、あれを人間はどう捉えたのか、王獣のことより人間にとってある意味切実な問題のはずなのですが、それをどう解決しようとしたのか、物語には記述がないのです。

王獣を解放することが確定した以上、闘蛇がああいう状態になることは今後ない、だから繁殖させた闘蛇を使ってもよい、使いようを間違えなければ大丈夫、と判断するのか、繁殖させた闘蛇は日常においても取扱い要注意の生物兵器だから禁止しようとなるのか、ラーザがいる以上闘蛇の人工繁殖はやはり不可欠と判断するのか、そこのところどうなったのかがとても気になります。

リョザ側は長年の経験とエリンの知識の遺産があるからまだ冷静な判断が下せそうですが、ラーザはどうするのか、そこも問題です。
見よう見まねの試行錯誤で闘蛇軍を作ったはいいものの、あの惨劇の真の理由など、ラーザは何一つわからないはずです。
かつてない惨劇が起こった理由が、自分達が闘蛇の生態をよく知らないままに使用したからだと思ってくれれば、リョザとしてはもうけものですが、ではリョザは人間世界共通の危険要因として闘蛇の知識をラーザに教えることができるのかどうか。
これまで一部の人間がしていたように、知識の囲い込みを今度は国家全体でするのか、ここもかなり気になります。

どちらにしろなんとかして野生、人工繁殖関わらず、闘蛇軍を縮小解体させていく方向に向かっていってもらいたいものです。
闘蛇は王獣と違ってリョザの社会システムに完全に組み込まれているから難作業必至だと思いますが、できれば王獣と同じようにいつかは闘蛇も解放してほしい。
そしてこれが肝心ですが、完全に音無し笛を放棄する。
いずれはそこまで行ってもらいたいです。

実はこの音無し笛の由来が明かされることを期待して完結編を読み進めていたのですが、最後までそれについては出てこなくて残念でした。
全ての災厄の原因は王獣と闘蛇を操れる音無し笛があるからじゃないのか?と考えていたものでねえ。
「操者ノ技」は限られた人しか使えないけど、音無し笛は誰でもOKだから闘蛇軍の増強には不可欠だし、むしろ軍を作るために音無し笛は作られたのではとさえ思えるほどです。
ただ飼い馴らすだけなら緑の目の民は「操者ノ技」を使えばいいだけですもんね。

でもここで大きな疑問が出てくるんだけど、「操者ノ技」は王獣の鳴き声を模したものだから、この技を持っている民は王獣のすぐそばで暮らした経験があるということになります。
今これを使えるのは「霧の民」だけですが、ではその祖先である緑の目の民は一体いつ王獣と共に過ごしてその技を手に入れたのか?ってことになるんです。
でも二つほど理由が考えられるにしても、どちらもピンとこないんですよねえ。

そして彼らは本当にその「操者ノ技」を継承することが過去の惨禍を繰り返さないことにつながると考えていたのか?という疑問も出てきます。
闘蛇の大群と王獣を合わせなければいいだけだ、王獣を「操者ノ技」で飛ばすことさえしなきゃいいんだ、って考えたのかもしれないけど、でもさっきも書いた通り、王獣が引き金になるとはいえ、人間に最も危害を与えているのは闘蛇自身なのです。

誰でも音無し笛で闘蛇を操り凶暴化させられることの方が世界にとってはよっぽど厄介。
ラーザのように拡散される可能性もあるし。
でも闘蛇に関してはなぜか金の目の人も緑の目の人もゆるい。
甚だ非人道的な兵器であるし、過去の惨禍を教訓にするなら闘蛇自体を使うのをやめようという声があがっておかしくないと思うのだけど、彼らは結局リョザ真王国に闘蛇軍を作ることを許してしまっている。

ここはホント最大の謎で、特にはるか昔オファロン王国で最初の闘蛇軍を作った緑の目の民の末裔達については、一体どういうつもりだったんだろうと思う。
彼らの感覚からしてみれば闘蛇は「ちょっと便利でちょっと凶暴な軍馬」程度の認識だったのかなあ。
一歩間違って人工繁殖してしまえば、どう言い訳しても大量破壊兵器としか言えないものになってしまうのに、闘蛇は人間社会にあってもOKという考え方は、過去を知っているにしてはゆるすぎないかなあと思います。



というわけで、次は緑の目の民について。
彼らは一体どこから来てどこへ行こうとしているのか、そこについて書きたいと思います。




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by teri-kan | 2015-05-29 23:44 | 本(上橋菜穂子) | Comments(0)
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