「獣の奏者」 外伝 刹那

上橋菜穂子著、講談社文庫。
四編の物語集。
王獣編と探求編の間の11年が明らかになるため、本編完読者には必読の一冊です。

では、毎度のことながら感想はネタバレ大アリで。








やっぱり「刹那」の感想が主になるんだけど、いやー、うーん、これはねー、ジェシが生まれ出てくるところはちょっと泣いちゃいましたね。

説明不要、とにかく読むしかないという、そういう生と死の話、命そのもののお話です。
頭と心と体が相互に作用する話というか、言い換えれば理性と感情と本能ってことですが、理性が感情に追いやられ、感情が本能に先に行かれる、といった感じの、ボルテージがぐわーっと上がっていた頃のエリンとイアルのお話。
なるほどそうだったのかーという彼らの馴れ初め&ジェシ誕生の物語です。

イアルは不器用な人なんですねえ。
本編でもそれはわかるけれど、「刹那」を読むと「これは不器用だ」としか言いようがない。
過去が過去なのでしょうがないのですが、でも与えられた人生の中で真摯に生きようとする姿は好ましい。
本人はとても苦しかったでしょうけどね。

実は最初に本編を読んだ時、イアルはてっきりおじさんだと思っていました。
中年にいくかどうかの、そこそこなオッサン。
なので探求編にエリンの子供が出てくると知った時、一体誰が父親なのか、想像がつかなくてアレコレ悩みました。王獣編の内容からいけばイアルが断然候補にあがるんだけど、オッサンだとばかり思ってましたから。
やっぱりイアルだったとなった時、「別に悪くはないけどオッサンと少女……」としばらく考え込んだものです。
イアルの登場場面を読み直してみたら、「そこまで年が離れてるわけでもないんだ」って感じで、そりゃ年上っていや年上だけど全然おかしくない年齢差におさまったんで、こんなことなら最初から青年設定で読んでりゃよかったと、かなり後悔しました。

いやー、だってねえ、初登場時のイアルって何もかも達観しきった枯れた人でしたからねえ。
言い訳する気はないけれど、若々しさのかけら、全くなかったですよね?
「堅き楯」のキャリアも歴戦の勇者って感じで、「あー長年頑張ってたんだなー」って勝手に思い込んでました(笑)。
なんかもうつくづく悲しい読み間違いです。

私は本編の中ではお父さんやってるイアルがお気に入りで、イアルとジェシのシーンはどこも大好きでした。
ジェシがこれまた可愛くてですね、朴訥としたイアルとホントに良いコンビでした。
反抗期のジェシ対イアルも良かったですよね。

「刹那」を読むと、エリンを失った後のイアルの喪失感がよりリアルになって、完結編終了時の辛さが増してしまうのですが、失うことを恐れてたら人間何もできなくなってしまうわけで、そういう意味では先に行動を起こしたエリンは人間として強かったなあと思いますね。
その「自分の赴くままに自分を進めさせる本能の強さ」に関しては、エリンは超強かったなあと。
「刹那」はイアル視点のお話だけど、だからこそエリンの生命力がより強いものとして伝わってきたような気がします。



エリンとイアルをより深く知ることができた良い話でしたが、やはりこれは外伝向きで、本編に入れるとなると無理があっただろうと思います。
作者の書く物語の大きな長所は、テーマに沿わないものを極力省いた疾走感にあると思うのですが、この「刹那」のエピソードは確かに本編のテーマからはちょっとズレてます。
組み込んでいたら冗長になっていたでしょうね。
「刹那」のテーマは本編よりももっと狭くて濃いものだから、エサル師やソヨンの物語とセットの方が、一冊のテーマとしてはよりふさわしいと思います。

エサル師の話もソヨンの話も、どちらも面白かったです。
ちょっと物悲しかったり、ちょっと酸っぱかったり、幸せなだけではないんですけどね。
でも幸せな風景の一コマでもあったりする。
エサル師のお話は、あーなるほどーと思えることもあって、興味深かったですね。

上橋菜穂子は日常生活を描くのがとても上手いんですね。
日々何を感じて登場人物は生きているのか、生活環境と人物の内面描写が非常に上手く溶け合っていて、日常描写で人物の置かれている立場や感情がよく伝わってきます。
そういう何気ないシーンが本当にいいんですよね。
だから本編でもイアルとジェシの普通のお風呂のシーンとか、そんなところが大好きだったりします。

肉体の描き方が良いからかなあ。
感情と身体感覚のつながってる感がリアルですよね。
普通に生きてる人間だなあと実感できる。

人間の生理に無理がないところがいいのかな?
読んでいて心地良いのはその辺が理由にあるのかも。
あと、心地良さの理由としては品(ひん)の良さですね。
「児童向けに書いたつもりではない」とあるのを結構目にするけど、品(ひん)の保証という意味では児童も読めるというのは大きいです。

たくさんの人に読まれる理由は読んでいるとわかります。
エンターテイメントとして何より楽しいというのが一番ですが、いろいろと保証されてる安心感というのも大きいような気がしますね。




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by teri-kan | 2015-06-03 11:12 | 本(上橋菜穂子) | Comments(2)
Commented by 山林檎 at 2015-10-05 10:53 x
私も外伝読みました。本編はエリンからみて話が動いていることがおおかったのでイアルから見た話というのが新鮮な感じでした。
Commented by teri-kan at 2015-10-05 13:36
山林檎様

こんにちは。コメントどうもありがとうございます。
イアルの視点は確かに新鮮で面白かったですね。
私もこの外伝は興味深く読みました。
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