「日本人にとって聖なるものとは何か」

副題は「神と自然の古代学」
上野誠著、中公新書。

多神教についての解説が面白かったです。
多神教とは次々に神が生み出される宗教で、神の優劣をめぐる争いによって神は上位に立ったり消え去ったりするっていうの。
次々生み出されるっていうのは、確かにそうですよね。





今年新たに生まれた神といえば、たま神社に鎮座まします「たま大明神」。
和歌山県の「たま駅長」は今年神とおなりあそばされました。
ローカル鉄道の復興と地域振興に並々ならぬ力を発揮した神様として、おそらく今後も地元のみならず全国の方々からありがたがられ続けると思います。
この神様は姿形が本当にお可愛らしかったですもんねえ……。
逆に地元が衰退したり、全国のローカル線もことごとく廃線、地方衰退加速化なんてことになったら、現在人気を誇るたま大明神もそのうち人々から忘れられていくのかもしれません。
神が次々と生まれ、時代の流れによって消えていく神もある日本ということで、たま大明神はわかりやすい例だと思います。
日本人にとっての神って一体どういうものなのか、多神教とは何か、興味の尽きない話題ですね。

多神教ならではの外来の神の取り入れ方も、本書を読んでて「なるほど」と思いました。
個人的に思いついたのはクリスマスかな。
キリスト教徒でもないのにクリスマスは祝う、なぜならスペシャルな日として皆と楽しく過ごすということは日本人にとっても幸せなことだから。
自分達が幸せになれるところだけを上手くチョイスして生活や社会に取り込むという、楽しくなることにとことん忠実な人達ってことになるけど、日本人としては案外当たり前の感覚と言えるかもしれません。
もともと日本に神様は山のようにいて、それぞれの神はそれぞれ得意なことで日本人と関わっているのだから、キリスト教の神だってそのいいところで関わればいい。
合理的って言えば合理的な考え方です。

でも、そういう風に考えると、イスラム教は日本社会に受け入れられるところってあまりないような気がする。
イスラム教独自の、何か楽しそうなことってありますかね?
日本人の感覚に合うような、日本人が幸せになれるようなこと。
これならイスラムの神ともお付き合いできると思えるような、日本社会を幸せにするようなこと。
なんか話が大脱線してるけど、読んでて主に考えたことはこういうことでした。



肝心のテーマの「日本人にとって聖なるものとは何か」なんですが、本書によるとまずは「森」ということになるのだけど、もちろん森は森でもただの森ではなく特別な森で、万葉集などでも歌われている「ミモロ」がそれに当たります。
自然に神を見て、その神に人を投影するというのは、現代日本人にもそこそこ馴染みの感覚ですが、神と人間の関係、神と天皇の関係の解説は、それまで漠然と思っていたことをクリアにしてくれて面白かったですね。
古代の日本人は、あやしても必ずしも泣き止んでくれるわけではない赤子を神にたとえていたとか、面白すぎる。
でも、なるほどその通りと言えばその通り。
これまで当たり前のように感覚的に理解していたことが言葉にされた感じです。
古代のご先祖と私達、感覚は同じ日本人なんだなあと思いますね。

一神教の神とは全然違います。
神に対する思い方が彼らと日本人とではまるで違う。
世界のスタンダードは一神教の神だから、国際社会の一員として日本人はその差の折り合いをどこかでつけなければいけないけれど、一神教を理解しつつも山や川や至る所にいる神を大切にして、ご先祖様とつながってる感覚は失わないようにしたいものですね。
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by teri-kan | 2015-10-23 11:25 | | Comments(0)
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