「骨が語る日本人の歴史」

片山一道著、ちくま新書。

縄文人、弥生人を中心に、石器時代から現代までの日本人の骨格の変遷を語る本。
実際に出土されてる骨についての研究なので、とにかく科学的。
スッキリとした読後感です。

とにかく、ほとんど知らなかったことばかりで、目を開かされるような心地でした。
日本の土壌は骨の保持に適してないこと、その中で縄文時代の人骨がそれなりに残っている理由、弥生時代の人骨が限られた場所からしかまとまって出土していない事実、そのせいで一般的に弥生顔と言われている顔が大きく誤解されていること、等々、初めて知ることばかりでした。

縄文人の風貌は、いやー、これぞ日本人のベースと言われても、特徴的過ぎてなんとも言えません。
抜歯の風習には驚きましたが、確かに縄文人の顔面をこの本に書かれている通りに想像したら、とんでもなく異形に思えます。
他に驚いたのは弥生時代の人骨の発掘量の少なさ。
限られた特殊な地域から出土した骨だけを見て「弥生顔」と呼ぶのは間違いだと、日本全国で見たらむしろ縄文人っぽい方が多く出てるとか、面白かったですね。
日本人の極端な身長の低さ、階層による顔つきや骨格の違い等、「へえええ~」な事実がてんこ盛りで、これは日本人皆が持つべき知識なのではなかろうかと、読みながら思いましたです。

で、著者もどちらかというと、その知識をどう日本人へ教えるのかということを訴えたかったようで、実はこの本は大きく二つに分けて書かれてあるのですが、純粋な骨の変遷については前半のⅠ、後半のⅡではその骨の事実を基に日本の歴史教育や歴史観に意見するという内容になっています。

これが興味深かったですね。
古代と中世の区切り方とか、関東史観、司馬史観への批判とか。
それと、教科書の縄文時代の記述量が少なすぎるということ。
縄文時代に日本人の日本人たる所以が出来上がったというのに、肝心の縄文時代についてまともに教えられてないから、日本人は自分達のことがわからないのだって話。
だからいつまでも日本人の自分達探しが行われるのだと。
自然を愛でる性質、海大好きの性質、現在日本人らしいと言われているもののベースは縄文時代にあるのだから、もっと授業でそれを学ぶべきだという主張。

いやもうそれは大賛成。
いつまでたっても「日本人とは何なのか」的なテーマでウロウロしてるのもなんだし、硬直化した歴史観から一歩踏み出せたらいいなと私も思います。

その歴史の見方を変えてくれるのに人骨という事実はとても有益そう。
この本の話を学校の授業で聞いたら、きっと面白いだろうなあ。
テレビでいいので骨の特集やってくれたらいいんじゃないかと、ちょっと思いました。
本書の文章を読む限り雄弁そうな先生とお見受けするので、こんな感じで解説してくれたら、きっと皆楽しく聞けるんじゃないかなあ。




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by teri-kan | 2015-11-27 09:17 | | Comments(0)
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