「シャルリとは誰か?」と日本の場合

前回の続き。
カトリックの衰退による宗教的空白、格差拡大によるイスラム恐怖症(外国人恐怖症)の発症、といったフランスの現実を明らかにした上での、著者の日本への指摘についての感想です。








トッドは宗教的空白と格差拡大において、日本は現在の欧州と同じだと書いています。
しかしそうであるなら欧州のように外国人恐怖症が引き起こされてしかるべきなのに、日本は外国人に対して欧州ほど嫌ってなくて、それが解せないとも。
例えば欧州にはロシア恐怖症があり、日本も日露戦争があったのだからロシア恐怖症が起こって当然のはずなのだけど、なぜかそういった傾向は見られないと。

確かにロシア(ソ連)については恐れるとか憎むとか言うだけでは足りない感情を呼び起こされる過去ばかりですが、それでも日本ではそれはそれ、格差の話はこれはこれ、といった感じで受け止めている人が大半でしょう。
北海道の方は違うかもしれませんが、日本全体でいえばそんな印象を受けます。

中国や韓国に対してはネットを見てると「嫌ってるなあ」と思いますね。
でも多くの人は実社会で声高に主張はしません。
欧州で見られるような極右政党も誕生しません。
トッドの「日本はなぜ外国人恐怖症にならないのか?」という問いは、「なぜ日本には極右政党が生まれないのか?」という意味かもしれませんが、まあ現在の日本ではありえないですよね。
戦前のトラウマが大きすぎます。

でもその分現実を見てみれば、かなり暗い気分になったりもします。
本書で指摘された通り日本の格差が拡大しているのは事実で、じゃあそれへの不満は日本人はどういう風に表現しているのかとなると、フランス人のように外国人(イスラム)に捌け口を求めるというのでなければ、逆方向へ向かってる可能性が高いんですよね。
外国人は究極の他者で、格差拡大による苦しさをそういった「他者」のせいにしないというのなら、日本人は自己に向けているんじゃないかと。
日本人は今の自分の苦しい生活を「自己責任」で受け止めているかもしれなくて、諍いや暴力事件はフランスより少ないかもしれないけど、例えば自殺率でいえばどうなのか。

外国人の往来が激しい大陸国家と、それがほとんどなかった島国との違いだと思うのですが、そもそも自分達の社会が上手くいってない原因を外国人のせいにする習慣(?)自体が、日本にはあまりないような気がします。
外国人に対する散発的な事件は起こっても、問題全てを外部の誰かのせいにできる国の在り方じゃなかったことが、現在も自分達の中に原因を探そうとしてしまう理由じゃないかな。
建設的に見えて全然健全じゃないのが悲しいですが。
これはこれでフランスの場合とは別の大問題だと思います。

宗教的空白については、むしろフランス人がカトリック衰退の空白をEUで埋めようとしたという話の方に驚いたというか、宗教でもイデオロギーでもなんでもいいから、何かがないと人は落ち着けないってことなのかと、残念な気分になりました。
確かに日本も宗教の力は弱まっているけど、もともと日本人は自分達のことを無宗教と思い込んでいたほど宗教的実践から遠ざかっていた人が多くて、仏教が葬式宗教でさえなくなった現実があるにしても、宗教的な空白の話は今更のように感じます。

ただ、空白化を落ち着かなく思ってる部分はあって、それが日本大好き信仰を求めているというのはあるかもしれません。
日本食や伝統文化を再評価したり、ご当地グルメやご当地キャラもそうですね、地元の良いところを再発見しようという動きも、空白化への危機感の表れだと思います。
日本の良さを外国にもわかってもらおうキャンペーンとかも。

でもそれって別に悪いことじゃないですからね。
外国文化を排除していればマズイですが、むしろ外国文化とのコラボ化が進んでいたりするし、日本文化大好き信仰は宗教の代替としてはとりあえず良いのではないでしょうか。
いつまで続くか、いつまで健全でいられるかはわからないけど。

あと、空白を埋めるものとしては安全信仰でしょうね。
より安全に近づくための対策をとることで心の安定を得るというか、その価値観で国民としてもまとまろうというか。
これこそ良いも悪いもなく、日本に住む限り逃れられない宿命で、ある意味宗教の戒律に近い義務や責任のようなものと言えるかも。
生存本能に根差しているので、そんじょそこらの宗教より強力かもしれません。
地震や火山が頻発する神話の中にずっと生きてるようなものだと考えれば、空白になりようがないとも言えますね。

これはさっきの外国人恐怖症を発症しない日本という話にも関わってくるのですが、ぶっちゃけて言うと、今の日本にとって最大の脅威は中国でも朝鮮でもロシアでもなく、もちろんイスラムでもなく、地震であり津波であり火山の噴火だということなんですよね。
日本には自然災害によって避難を強いられる難民のような人が、今この時どこで発生してもおかしくない現実があるのです。
地震対策に忙しいから他国に構ってるヒマはないというか、困ってる国がいるなら助けるのはもちろんとしても、他国と対立してる余裕はないというか、宗教的空白は進んでるとしても、天災が起こらないことも含めて家内安全・無病息災は皆神社にお参りしてるというか、ようするにですね、日本人は忙しいのですよ。
国土保全・家内安全に費やすエネルギーが、もうハンパなく大変なんですよ。

これは昔から思ってたんだけど、地震も火山もなくてヨーロッパ人はヒマじゃないのかなあって、割と真面目に考えていて、例えばトロイア戦争みたいに「人口が増えすぎたから人間に大戦争をさせましょう」とか言う神って「なんじゃそら」って感じで、人口が増えすぎて困ったと思うなら地割れを起こせば一発なのに、わざわざ時間をかけて人間に殺し合いをさせるとか、世の中には悪趣味な神がいるもんだなあというか、あっちは人間も神もかなりヒマなんじゃないかという疑惑がどうしても出てきちゃうんですね。

ヒマだから戦争してるとまでは言わないけど、実現不可能な理念や理想を捻り出して、それを基にあれこれ揉めてるのを見てると、やっぱりヒマだからいろいろ考えてしまうのかなあと、どうしても思ってしまう。
人為的に起こさなければ破壊が起きない地域なんだから、こっちからしたら羨ましい限りなんだけど、まあ、だからといってそれが経済的に良いのかどうかは知りません。
日本は破壊と再生を無理矢理繰り返しやらされてるおかげで、国内のモノとカネは否応なく巡るけど、あっちはそういうのどうなんでしょう。
ヨーロッパの内需ってどうなんですかね?

話がズレましたが、そういったわけで、宗教的空白と格差拡大をめぐる日本の状況は、欧州と似てるとはいえ欧州と同じにあらずだと思います。
うまく言えないけど、日本は自己完結してるというか。
他者との関わり方が良くも悪くも浅いから、他者への攻撃にまで至ってない。
実際はどうかわからないけど、個人的にはそんな風に捉えています。

まあ、韓国朝鮮とは複雑ですけどね。
でも日本は今のところ外国人と宗教で争ってない分助かってるところは多いと思います。
トッドは「アラブ人恐怖症」と「イスラム恐怖症」をきっちり分けてましたが、宗教を絡めるとややこしくなるだけなので、その辺の整理は必須ですね。

こういうこと考えてると、「だから一神教はいけないんだ」とか「キリスト教の歴史ってそもそもそんなもんだ」とか、いつものごとく物事を単純化して理解したくなる誘惑にかられるんだけど、実は本書のとある一文がズシリと胸にきていて、そんなことをしてはいけない気持ちに今はなっています。

「テリトリーと人間集団の継続性を認めるからといって、不動の歴史という「間違った」歴史観にすべり込んで行くようなことがあってはならないのである。」(P185)

複雑なものを複雑なまま理解できる脳みそが欲しいです。




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by teri-kan | 2016-02-17 16:45 | | Comments(2)
Commented by at 2016-02-23 00:05 x
こんばんわ、大変面白い文章でした。
確かに日本は戦後からこっち外国への嫌悪・恐怖感は中・韓国限定での蔓延で留まっていますね。現代はそれが半端ない形で増大してますけど、重ねて「日本はスゴクスゴイもん」主張も声高に上げざるを得ないほど今後の将来への不安に追い詰められているのも理解できるので、複雑です。あんまりがなりたててるのもガキっぽく見られるだけので考えものですが。
>国土保全・家内安全に費やすエネルギー
ここ数年の国の姿勢が「国土」を「国家」に当てはめてのひたすら物騒な再軍事化・原発再稼働方針を目指しているのも、当人としては「狙われてる!平和で豊かな生活を!」の主張が↑の意向と合致しているから、と筋を通しているようなもんなのでしょうか。
あくまでも自分達の利潤追求にしか見えませんけども。
>宗教的空白
「小林秀雄の恵み」に書かれた「神に救いを求めない」精神性は未だ健在なのだとすると、過酷な自己責任論とスレスレだとしてもそんな考えをこそ世界に何とか広められないのかなーと思ってしまいますね。

最近は「森林の思考・砂漠の思考」て本を読んで、3・11で大地震を経験したにも関わらず首都圏では高層ビルやらマンションを変わらず建築し続けるのも、縄文以来の「狩猟(出勤・生活)の際に頭上を絶えず空高い山林に覆われている・覆われていたい」がための人口の山林の求めての感覚なのかなーとやけにしんみりしてしまいました。
なのでネット検索してたらこんなサイトがありました。
http://eastandwest.jp/intro.html
まだまだ西洋史勉強しなきゃなりませんねえ。
Commented by teri-kan at 2016-02-23 17:02
創様、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>「国土」を「国家」に当てはめて

これは今の政府は上手いことやってるなという印象です。
国土と国家は違うものだけど重なり合うものなので、国民の防災意識と防衛意識を上手く汲み取ることができれば、支持される政権になれるものなのかもしれませんね。
一つ一つの政策は不人気だけど、政権支持率は高いという、不思議なことになっていますもんね。

>そんな考えをこそ世界に何とか広められないのかなー

地球外に人間が住めるようになれば別ですが、今のままでは地球は人間にとって狭くなっていくばかりなので、そのうち欧米の価値観は頭打ちになるんじゃないかと思っています。
今の土地が住めなくなったら別の場所に移動すればいいという遊牧民的な思考とか、よその国を経済植民地化して収奪すればいいという思考とか、そういう価値観はもう地球の大きさじゃ耐えきれないというか。
だから島国で培った日本の価値観は地球が小さくなった今こそ重宝されるべきものなんじゃないかと思うんですよね。
エコの意識や、和を大事にしましょうとか、とりあえず丸く収めましょうとか、一人だけ得をするやり方は避けましょうとか、問題が起こっても他人のせいにせず、まずは自分を振り返ることから始めましょうとか。
国際社会に受け入れられるとは全然思えないけど、参考にできるものはあるんじゃないですかねえ。
限りある土地と限りある資源の中で人間は生きているということ、そろそろ真面目に考えないといけないと思うんですが。
地球温暖化には皆さん必死だけど、思想そのものの根本的な転換が必要なんじゃないかと思います。

紹介して下さったサイト、最初の方だけ見ましたが面白そうですね。
今度じっくり見てみたいと思います。
西洋史は私も勉強中ですが、知れば知るほど「うへえ」って感じになりますね。
特に宗教は興味と嫌悪で微妙な気分になります。
クリスチャンには良い人も多いのでおおっぴらに悪口は言えないのですけど、いろいろな部分で合わないなというところは多いですね。
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