「異端の人間学」

五木寛之、佐藤優著、幻冬舎新書。

ロシアを知りたければロシアに詳しい二人の対談本!

……というわけで読んでみました。
読みやすいしオススメです。
でもロシアへの親近感はあまり持てません(笑)。
「へー、そういう国かあ」ということはわかっても、仲良くしたいかどうかはまた別物です。

そういう風に思っているのは、多分私だけではないんでしょう。
日本におけるロシアの不人気が深刻で、本書でも外務省がロシア専門家を育ててないことに苦言を呈していたけど、まあそういう賢い人達の事情はともかく、一般人レベルで言えば、ロシアってとことんインテリゲンチャのものなんだなあ、という感じです。
既にこの本からして「ロシアについてもっと知れ」と仰ってる方々がその代表のようなお二人。
知的活動をしなければわからないシロモノ、無理矢理脳みそ働かせてやっとお近づきになれるシロモノ、ソ連もロシアもそんな感じで、なんといいますか、むしろなんでこんな気楽でない国なのでしょうか。
司馬遼太郎の「ロシアについて」で、こんな歴史だからそういう性格になってもしょうがないんだーと思ったことはありますが、それにしてもねえ、いつまでも灰色のイメージなんですよねえ、ロシアって。ソ連でなくなっても。

それがヨーロッパではロシア恐怖症に繋がってしまうということなのでしょう。
日本はわからないままに放っておいてる感じのようですが。
どちらにしてもこんな国だからこそ専門家が必要ってことで、インテリの人には頑張ってもらいたいものです。



ところで、実は私がこの本で最も印象に残ったのは、実はロシアについてではなく、この二人のもう一つの得意分野、「宗教」についてのことでした。
なので、ちょっとそれについて妄想膨らませます。
「アホか」と突っ込まれてしまいそうなくらいアホな妄想なので、生暖かく見てもらいたいです。
五木寛之が、宗教の性格は開祖の没年齢で決まる、というようなことを言ってたのが面白かったので、それについて思ったことをつらつらと。








五木寛之の言っていたのは、開祖の没年齢で宗教の性格は決まるから、キリスト教は若者の宗教、あるいは青春の宗教で、イスラム教は社会人の宗教、仏教は老人の宗教と言えるのではないか、ということでした。
確かにキリスト教徒の自由を求める思考やいろんな行事の賑やかさや華やかさなんて、若者ならではという気がします。
社会生活を営むにあたって事細かに規則を設けてるイスラムは社会人のためのもの。
そして仏教は死に近づいた老人のためのもので、佐藤優によれば、だからこそ仏教が宗教として一番強いとのことでした。
宗教とは死について考えるものだからというのが理由ですが、となると、世界のニュース的にみて仏教は三大宗教の中で最も地味な存在とはいえ、最もしぶとく生き残る宗教なのかもしれません。

で、これってもしかして人類史全体で見ても当てはまるんじゃないかと思ったんですね。
人類史を人の生涯のように捉えれば、文明の若い頃の、人類史の初期と言われる時期に流行るのはキリスト教で、ある程度年代が過ぎればイスラム教が世界で流行るという風に。
現在イスラム教徒の数がどんどん増えて、キリスト教徒が減っていってるのは、人類史が若者の時代を過ぎつつあるからじゃないのかって。

まあこんな風に考えるのも楽しいなーという妄想なんですが。
イスラム教がはびこる世の中は個人的にはイヤなんで、そんな風になってほしいとも思わないし。
いや、イスラム教の教えがどうこうというより、お酒は飲むなとか豚肉は食べるなとか、そんなのは耐えられないという理由からで、他人の信仰をどうこう言う気はないのですが、でもお酒ノーの世の中はやっぱりイヤだなあ。
とんかつ、ぎょうざ、角煮、豚しゃぶ……豚肉料理はないと生きていけない。



なんかロシアの話から随分遠いところへきてしまいましたが、この本で最も面白いなと思ったことについて書いてみました。
ロシアについての話ももちろん面白かったです。
対談形式だから読みやすいし、勉強になりました。
ロシア人個人はよいとして、国家としてのロシアはやはり大変そうなので、インテリの方々、エリートの方々には頑張ってもらいたいです。




[PR]
by teri-kan | 2016-04-27 11:15 | | Comments(2)
Commented by at 2016-04-29 21:11 x
ロシアについては日本のノンケ人間な自分としては確かに茫洋とした印象が強いですね。節度ある距離感を保てていれば良いんじゃないかとか、腰の引けた対処しか思いつかないです。
揉めてる北方領土問題は最近じゃ中・韓国叩きに忙しくて鳴りを潜めていますけど、叩きやすい対象を選り好みしてる時点でロシアにしてみれば「器ちっちゃいやつ」的な目で見られてるんでしょうかねえ。
こないだ読んだ久生十蘭の「地底獣国」が旧ソ連時代の物語だったので多少タイムリーに感じましたよ。

宗教の性格についての人間の年齢と絡めた考察、面白かったです。感性が若く瑞々しいからこそ多くの存在概念に規定を設けて契約に重きを置く。となりとやっぱり日本は宗教の束縛に対しては比較的自由ですね。
敬虔な神の唱えたなんらかの教義を「あるけどないようにできる」能力って日本特有のもんじゃないかと。神様だって全国八百万にゆるキャラとしての土地神を創造していますしね。
日本に来たイエズス会が仏教者に国内の気象天候(神が天地を生んで云々の)についての印象を訪ねて「そんなこと気にしてもしゃーない」答えに唖然とした。なんてのもありましてね。国内の森羅万象・八百万とされる自然風土の側が、宗教・伝承といった宗教的な形を取っても人間に対してわりかし寛容(てか無関心?)でいてくれたのは相当以上に感激してしまいますね。
とはいえ先日の熊本地震も含めて、国内に大被害を及ぼす災害をいついかなる時でも起こしうる面も含めて恐ろしい事に変わりはありません。
じゃ日本の宗教的な教義って何?と問われると儒教(朱子学・陽明学)以上に国内を席捲しているものってないよなーとぐったりきちゃいもします。
>お酒ノーの世の中
なんかもーすっかりタバコノーの世の中にぃ(笑)。
Commented by teri-kan at 2016-05-06 12:19
創様
返事が遅くなってすみません!

久生十蘭の「地底獣国」ってどんなの?と思い調べてみましたら、すごいストーリーでしたね。
面白そうでしたけど、なんともマニアック(笑)。
映画化したらいいのになとは思いました。
超B級になるのは間違いなしだけど、一部にはものすごくウケそうです。

>「そんなこと気にしてもしゃーない」

日本における神と人間の距離感はいいですよね。
頻発する自然災害のせいで、どうせ克服できないのだから考えたってしゃーないってところがあって、とても現実的です。
よくも悪くもその思考の放棄はしょうがなくて、考えれば考えるほど絶望しかなくなりますからねえ、日本列島って。
現実逃避するかのような享楽的な日本人の性質もさもありなんというか、無常と隣合わせに生きてて毎日悲観的に考えて生きろと言われたら、多分精神が耐えられないですよ。
「気にしててもしゃーない」は、日本列島で生きていく上での究極の知恵のような気もします。

ただ、もうそんなことだけ言ってられないとは思います。
熊本地震は東日本大震災とは別の意味のリアルな恐怖を感じました。

>タバコノー

お体大切に(苦笑)。
肺は大事です!
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 「みんなの怪盗ルパン」 「マスケティアーズ」が面白い >>