「インフェルノ」

ダン・ブラウン著、角川文庫。

おなじみ世界有数の観光地が舞台のラングドン・シリーズ。
真面目に読めばダンテと「神曲」とフィレンツェに詳しくなれる本です。

今回探し求めなければならないのは、これまでのような人類の英知の結晶ではなく、大いなる歴史の謎でもなく、ある意味ロマンの欠片もない、超無粋なものであります。
ただ、無粋ではあるけどインパクトは強い。
これまでのお話が過去を求めるものならば、今回は「未来」を求めたと言っていいかもしれません。
この「未来」をどう捉えたらよいのか、簡単には答えが出そうにないけど。

「え?これでいいの?」と正直思わないでもないし、でもダン・ブラウンにとってはこれこそが理想なのでしょう。
いや、理想というより、これしかないといった感じか。
個人的には嫌な未来ですけどね。
これは男女で感想が分かれるような気がします。



というわけで、ここから人口問題についての考察。
ネタバレあり。








人口削減を目論んで大量虐殺やパンデミックを引き起こそうとする悪者と戦うお話って、割とあると思うんだけど、確かに悪者を倒しただけじゃ根本的な解決にならなくて、現実問題人口が増えすぎるのはどうにかしなきゃなりません。
で、血を見ずに減らしたいと思うなら、真面目な話みんな日本の真似をすればいいんですよね。
日本は既に人口減少の坂を駆け下りていて、そういう意味では世界に大貢献してますから。

では、どうすれば世界中を日本のような人口を増やさない社会に出来るか。
草食系男子を増やし、結婚出産を選ばない女子を増やし、産んでも一人か二人という社会を実現させるためにはどうすればいいのか。
答えは、まあ日本ほどとはいかないまでも、先進国を見たらわかる通り、出生率を下げるためには、もう識字率の向上と女子の高等教育なんですよね。
統計で結果が出ていると、エマニュエル・トッドも確か言ってます。

とにかく女性に社会での仕事を担わさないと話が進みません。
それを加速させれば、そのうち仕事のみを選ぶ女性も出てくるし、仕事と子育ての両立を目指すにしても、忙しさから五人も六人も産むようなことは避けるようになります。
多くの人が子供を大学まで行かせようと思ったら、更に少子化に拍車がかかるでしょう。
少なくとも夫婦一組につき平均で二人の子供となれば、プラマイゼロで増加は抑えられます。

とにかく絶対条件として、選択権を女性に与えることです。
仕事の選択を与える、生き方の選択を与える。
はっきり言ってしまえば、性交妊娠出産の選択を完全に女性のものにする。
究極のところ男性をそこから締め出してしまえば、おそらくすぐに出生率は下がりますよ。

現在人口がどんどん増えているのが、多分インドやムスリムの人達あたりだと思うのですが、この辺の女性蔑視は酷いもので、女性の地位の低さと出生率の高さは深い関係にあることがわかります。
ゾブリストもウィルスを作るなら、あの地域の男性にピンポイントで効くものを作ってくれよと言いたくなるくらいです。
それが差別だと言うなら、せめて女性に暴力を振るわなくなる薬をばらまいてくれと言いたい。
あの地域の女性達が自分の性を自分のものにするだけで全然違ってくるはずなのだから。

民俗学の授業で先生が話していたのですが、太古の昔は子孫を残すことのできる女が、男よりも圧倒的に強かったのだそうです。
その力関係が逆転したのが、子孫を残すことに男も関わっていたことがわかってから。
精子がなければ女は妊娠できないという知識を男が持ってしまった時が運命の分かれ道で、以来女は自分の性を自分のものとして持てなくなってしまいました。
男優位の社会が作られる原点はそこにあると言っていいのかもしれません。

ゾブリストの憂慮する人口過剰の現代社会は、そんな男優位で作られた社会の成れの果てであります。
特にそんな社会が作りだした男優位の宗教が、ある面で今現在も人々を生きづらくさせています。
作中で出てくるのですが、よくまあメドゥーサに責任転嫁できるものです。
問題は人間の肉体でも豊穣を尊ぶ本能でもなく社会の在り方なのに。

ウィルス工学の権威にウィルス以外の解決を求めても無駄だけど、本書のように生殖機能を操作しても根本的な解決になってないなあと思うのは、社会の在り方そのものに言及がないからですね。
現代の人口爆発のきっかけは産業革命で、それはキリスト教国が植民地から富をかっぱらって飢餓を克服したり、医療技術を発展させて多くの人間が死なずにすむようにしたり、キリスト教のせいというかおかげというか、とにかくキリスト教国はそれまでのような人間がたくさん死ぬ社会をそうでないものに変えたわけです。
で、そういう社会にしたのなら、それまでの産めよ増やせよの教義はそのうちそぐわなくなってくるわけで、キリスト教はやはりそこは柔軟にならないといけないのではと思うんですね。
中絶の否定は心情的にわかるけど、レイプ被害者にも一律に禁止するとかありえないし、避妊の否定なんてどう考えても現実的じゃない。
それ絡みで殺人事件が起こるアメリカなんか異常としか言えませんよ。

あちらと日本って本当に違うのだと思いますね。
もしかしたらその辺の感覚のミスマッチさが、この本を微妙に感じる理由かもしれません。
キリスト教の中だけで回ってる話だとすごく思います。
そういった点でかなり限界を感じるストーリー。
ラングドン・シリーズはこの辺りが潮時なのかな?
キリスト教の中だけで回すなら、他の題材にすべきだったと思います。




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by teri-kan | 2016-05-20 00:30 | | Comments(0)
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