原爆投下の意味

デリケートな話題の上に、非常に個人的な意見です。
テレビや新聞を見ていて感じた素朴な思い、といった程度で読んでいただけたら。








オバマ大統領の広島訪問が決まりました。
おかげで原爆投下の意味についてネットや新聞等あちこちで記事があがっています。
なぜ投下されたのか日本は原因を直視しろ、という声もありました。
米大統領が広島を訪問するなら総理大臣もパールハーバーに、といったことも目にします。

そしてそういった論調に、どうも居心地の悪くなる自分がいる。
原爆ってそういうものなの?という思いがくすぶってしまうんですね。
これはもうずっと前からで、口にすれば「戦争の反省が足りない!」って怒られそうだから黙ってたけど、でも戦争の反省と原爆投下の是非の問題は別の話じゃないかと思うのです。

人類史上一度しか使われてないから(広島と長崎への投下は目的が同じなので2発で1セットとします)、原爆を投下されるほどの何を日本はやってしまったのかという、日本だけの理由を考えてしまいがちになるのですが、素人ながら考えてみた限り、日本に原爆が落とされた理由は、結局のところ、「あの時に初めて原爆が完成したから」ということに尽きるのではないかと思うのです。
原爆を完成させた国がその時戦っていた相手がたまたま日本だった、という理由だけなのではないかと。

完成されて何十年と温めていたものをここぞとばかりに使用した、というのとは違いますからね。
だから、多分ベトナム戦争の時に完成されたなら初の原爆はベトナムに落とされていたと思うし、ここ最近になって初めて完成されたのなら、多分ISの支配地に初の原爆が落ちてるんじゃないかな。
そして使用した側は例の言い訳をおそらく連ねる。
ベトナム戦争を早く終わらせるために使った。
ISは非道だから使った。
そしてあまりの威力にその後使われることは戦後70年同様おそらくない。

原爆とはそのように、人類史上出来上がったら即見せつけるために使用し、しかし使用されるのはその一度であるという、兵器として特殊な性質を持っていて、そんなものを世界中で絶えず行われている戦争の枠組みの中でその意味を考えようとしても無理なんじゃないかという気がするんです。
むしろ戦争兵器から切り離して考えた方が問題の本質に近づけるんじゃないかと。

物事には原因と結果があって、原爆投下の直後に戦争が終結してるから、原爆を日本が起こした戦争に対する結果(戦争終結の理由)として捉えられがちになるのですが、日本の降伏はソ連の参戦のせいで原爆以前に決まっていたようなものだし、アメリカ側の投下理由は戦争終結のためというより、その後を見据えたソ連への牽制・威嚇の側面が強いんですよね。
ソ連との対立で優位に立つために日本の民間人の上に原爆を落としたなんて鬼畜な理由、口が裂けても言えないから、アメリカは「戦争を早く終わらせるために~」といった綺麗ごとの理由を並べるけど、でも実際はそういうことだし、ようするに日本への原爆投下はその直後から始まる冷戦の、米ソ対立による代理戦争の第一撃と考えた方が話に合うのです。
原爆は日本対アメリカの太平洋戦争の終結の象徴ではなく、ソ連対アメリカの東西冷戦の開幕の象徴。
だから原爆投下にはいろんな論調があるけど、少なくとも日本の戦争責任に絡ませて原爆の話をするのは無理があるんじゃないかな。
というか、そういう方向へ話を進めたい人は、核廃絶どころか核削減すら本当は願ってないんじゃないか。

唯一使われた際の目的が政治カードだったから、その後も原爆(核兵器)は兵器の側面よりカードの意味合いの方が強く、そうであるなら削減・廃絶は難しいだろうなと、現状を見て残念ながら思っています。
兵器なら「じゃあ皆で廃棄しましょう」と言えるものが、政治カードとなるとそうは簡単にいかない。
特に日本の周辺国にとって原爆投下は、人道上の問題そっちのけで、自国政治に有利になるために使う都合のいいシロモノといった扱いをされています。
日本には「戦争を起こした責任を感じて口を閉じろ」といった言い方をし、アメリカには「戦争犯罪を行ったんだから口を閉じろ」という言い方をする。
原爆投下の過去も、現在の核兵器保有も、日本やアメリカに対して自国が優位に立つならとことん利用するといった感じで、残念ながらそんな国がある限り、原爆の反省も核削減・核廃絶も、人類としてこの先行えることは決してないんじゃないかと思わざるをえない。
もともとが共産主義国家に対する牽制として使われたものだから、最終的に共産主義がなくなるまで存在し続けるのかなあとか考えて気も遠くなる。
中東の核はともかく、極東においては核ってそういう意味合いですよね。

なので、まずは原爆投下と核兵器の価値観そのものをひっくりかえさないとダメだと思うんだけど、それが難しいというのが問題なんですよねえ。
価値観というのは、アメリカが原爆投下の間違いを認めるということだし。
アメリカが認めれば真に原爆(核兵器)の存在の否定になるから、廃絶への理屈はつけられると思うんです。
あくまでも机上の理屈ですが、原爆投下が正しかったと言ってる限り廃絶どころか削減だって絶対無理。
正しくなかったという共通認識を持つようになれるかどうか、そこがポイントかなあと今は感じています。

その認識を持てるようになるための道ははるか遠いですが、核廃絶へのスタートラインはそこだと思うので、そこへの歩みを一歩ずつでも進めてほしいと思います。
何十年何百年とかかる作業かもしれませんけどね。
廃絶の前に使用される可能性もあるかもしれないけど。

今回の大統領訪問がそこへの確かな第一歩になることを期待したいです。




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by teri-kan | 2016-05-16 23:39 | 事件・出来事 | Comments(0)
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