「マスケティアーズ」で一番のモテ男

いやん、アラミスかっこいい。

一線を越えた理由は傷心を王妃につけこまれたからだったのか。
お互い積り積もった感情が高ぶって限界を超えたからじゃなかったのか。
って、積り積もるほど何かあったわけじゃなかったですね。
今回のはいろんな非常事態が重なった上での一線越え。
お互い憎からず思ってたのは確かだけど、元々そんなつもりは二人ともなかったでしょう。
でも、これをアクシデントとも思っていないよう。
アクシデントだけどアクシデントではない。
この微妙さはいいですね。

ただねえ、赤ちゃんを失った悲しみの共有が生死に関わる状況下で行われるというのは、それでもってああなるというのは、多分これで子供が出来るということなんだろうなあ。
うーん。
いや、出来るのはいいし実際出来るんだろうけど、できれば今回じゃなくて次回とか三回目とか、そっちの方がよかったなと。
まあ何度も密会重ねるなんて無理な話なんだけど。

アラミスがどれだけ王妃のことを好きなのか、ちょっとわからないところがあるので、それをわかりやすく見せてもらえたら助かるなという気持ちがあるんですが。
単純に恋い焦がれるアラミスの姿ってのも見てみたいじゃないですか。
その上で子供が出来たというなら納得。
子供が出来たから情がわいて、というのは、イザベルもそうでしたしね。
イザベルへの執着と王妃への執着が同じになってしまうのは、ちょっとどうかなあって気もするのです。








実はこれまで何気に気になってたんですよ。
婚約者との間に何があって、その後ずっとアラミスは本気の愛を失ったままになってたのかなあと。
で、王妃からもらった十字架を女伯爵に与えたことをヒントにしていろいろ考えてたんですね。
あれは王妃がまだアラミスにとって特別な女性じゃなかったから他人に渡せたというのがあるだろうけど、そもそも王妃様からの頂き物を他人に与えるというのがすごくて、で、たとえホントに愛する人からもらった大事な物だったとしても、もしかしたらアラミスは困難に陥ってる人が目の前にいたら、躊躇なくそれを与えることができる人なんじゃないかと思ったのです。
ものすごく愛の大きな人なんじゃないかなと。
でも大きすぎる愛は恋人にとっては辛くて、いくら君が本命と言われても、心を込めて贈った物を他人に分け与えられる男というのはさすがにしんどい。
愛が大きな男はどの女にも慈しみ(ものは言いよう)を与えてしまうから、いくら男からの愛が本物でスペシャルなものだったとしても、女としては一緒にいるのさえしんどくなる。
というような失敗を、アラミスは16歳の時にしたんじゃないかなあと想像してたんですね。

結果は、まあ当たらずしも遠からず、当時の二人の愛の認識はズレていて、そしてアラミスがどういう男か、かつての婚約者イザベルはきちんと理解していました。
アラミスがわかっていなかったというのが、むしろ「へえ~」でした。
イザベルに去られてショックだっただろうけど、幸せに生きてきたんだなとすら思いました。
そこはむしろ黙って去ったイザベルのおかげなのかもしれません。

本気で捧げた愛が相手が望むものじゃないというのは辛いですよ。
そんなもの私はいらない、もっとちゃんとした愛が欲しいと言われても、アラミスの本気はそれなんだし、今回のイザベルの告白で今度こそ掛け値なしの恋愛不信になってもおかしくない。
ていうか、ほとんど恋愛不能状態です。
本気で愛するなんてこと、怖くてこれじゃできるはずがない。

ところが。

女に歓迎されないアラミスの本気愛を、アラミスから捧げられても大丈夫な女性が、この世には存在するんですね。
誰あろう王妃なんですが。
この世で決してアラミスのものにならない女、アラミスが見返りを求めることができない女、そんな存在だからこそ逆説的だけど本気を捧げられる。
王妃だから自制するというリミッターは、だからアラミスには働かない。
むしろ王妃だからこそ本気の愛は純粋化されて、何らかの方向へ突っ走ることにもなる。
アラミスと王妃がどうなっていくのか、恋愛編予告では大変そうなことになっていますが、ああいう人なので女遊びはするだろうけど、王妃への愛はちょっと稀に見るものになる可能性高いような気がします。

で、ここが肝心なんだけど、これはアラミス聖職者になるわって感じ。
向いてると思います。
もともと弱者への愛がある人だし、医術の心得があるのも弱者を救うためなんじゃないかとも考えられるし(病人・怪我人は究極の弱者です)、諸々考えて出家するのは自然に思えます。
むしろ現代人にわかりやすい聖職者になるパーソナリティかなあと。
当時は聖職者になる意味など考える必要もなく、なる人はなるものだったと思いますが、現代人がドラマを見てそれに共感できるかとなると、なかなか難しいですよね。
実際これまで映画の中でアラミスが信仰のことを話していても、アラミスは原作でこういう人だからで済ませ、深く考えたことなどありませんでした。
でもドラマのこういったアラミスなら、彼が信仰に生きようと思うようになるのも納得できるような気がする。
アラミスの今後がどこまで描かれるのかわかりませんが、アラミスの人物造形は興味を持って見続けたいと思いますね。



といった感じの第9回「王妃の危機」。
素敵アラミスについての感想でした。

今回は他にもいろいろ思ったことがあったんですよね。
王様は真正のバカだったとか、枢機卿やりすぎだろーとか、気乗りしない仕事だからミレディのやることなすこと後手後手とか、隊長無理するなよとか、修道院長スゲー!とか、なんという苦労性アトスとか、まーホントにいろいろあったんだけど、アラミスだけで埋まりました。

やっぱりカッコいいんですよ。
カッコいい男は内面も気になるのですよ。
アトスとアラミスの会話がおかしくて、この二人いいなあとしみじみしたのですが、ホント、アトスじゃないけど正気の沙汰じゃないんです。
アラミス、正気じゃない。
でも正気の人間に神は必要ない。

やっぱり面白い人です。
「マスケティアーズ」はホントに楽しい。
来週も楽しみです。




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by teri-kan | 2016-05-30 23:58 | 海外ドラマ | Comments(0)
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