「西洋音楽史」

岡田暁生著、中公新書。


非常に好感度の高い本。
何がかと言うと、誤解を恐れずに書くなら、クラシック専門家にありがちな偉そうな感じがしないということです。
音楽に対して謙虚なんだろうなあと思うと同時に、読者へも謙虚。
特にここが大事だけど、クラシック素人に対して謙虚。
目線の高さが同じに思える。
クラシック専門家から時に感じる圧迫感、某巨大掲示板でさえ時折感じさせられる素人を物の数に入れないかのような雰囲気、言うなればエリート臭、そういったものがこの本からは感じられなくて、私のような素人でも心地よく読むことができました。







「あとがき」に書かれているのですが、著者は細分化された専門性についてかねてより疑問を持っていたそうで、クラシックの専門家以外にこそ必要とされる通史を書きたかったのだそうです。
確かになるほどと思える内容で、音楽の歴史がそのまま文化史であり、社会史であり、精神史であるということがよくわかるというか、音楽のみならず西洋そのものを理解する助けにもなっている本です。

もちろん音楽こそそうです。
各時代のポイントがつかめて、人と音楽の関係の変遷がわかりやすくて、最終的にはなぜ人は音楽を聞くのかというところまで行き着きます。
感動を求めることと神を求めることは近いんですね。
音楽で感動することは、私なんかが思っていた以上に大きな意味があったようでした。

本書で語られてきたクラシックの歴史については、とにかくドイツの異質さに驚かされました。
バッハが通史の中では浮いた存在というのには特に「へえええ~」でした。
彼がいたのはそういえばプロテスタント教会。
カトリックじゃないんですよね。
バッハといえば教会の音楽という単純な認識でしたが、カトリックとプロテスタントはそういえば全然違う。

ベートーヴェンの解説もその後のドイツ圏の作曲家の話も面白かったんですが、んー、なんていうんでしょう、これもドイツの特殊性の一つなのかもしれませんが、やっぱり他の国とは違うんですねえ。
プロテスタントは神に真面目に向き合うので、そういうのが音楽にも影響したのでしょうが、それならそもそもプロテスタントがなぜドイツで発生したのか、ルターはドイツでなければ出て来なかったのか、そもそもドイツはなぜルターを輩出できたのか、そういうところまで気になってきました。
ドイツ人ってなんなんだろうと、近年の疑問が更に深まったというか。
音楽から見るドイツ人というのも面白そうですね。



読み終わってから副題があったことに気付いたんだけど、この本のタイトル、「クラシックの黄昏」ってのがついてるんです。
黄昏……。
確かに現代においてクラシック音楽ってそうなんでしょうけど、そうか、この本の言いたかったことはこれかと、ちょっと寂しい気分になりました。
黄昏って終わりつつあるってことで、確かにこの本の終わり頃って現在と将来への憂いも書かれてて、それは私にもなるほどと思えるものなんだけど、この本でたどってきた音楽の歴史を振り返ってみると、音楽と社会は一心同体で、音楽は社会を反映しているものだったから、もし現在の音楽に新たに見いだせるものがないというのなら、それはやはり人間社会にもないってことなんじゃないかと思います。
これからを生きるための新しい価値観のようなものが社会そのものにないってことかなと。

本書の言う通り音楽が19世紀に囚われているなら、現代社会の価値観もおそらくそうなのでしょう。
宗教が失われつつあった時代の19世紀から、完全に失った現代まで、音楽はあるところで止まったままという……。
とはいえ本書で言うところの「神なき時代の宗教的カタルシスの代用品」として、今なお音楽は重要な位置に存在しているわけです。
特にクラシックは神がまだいた時代に作られたり、神を求めて作られたりした音楽だから、聞いたら神に出会える確率は高そうです。
神に出会うこと、イコール震えるような感動。
感動は神を呼び、神に出会えば人は救われる。
音楽を聴く行為と救いを欲する行為は同じようなものなのかな。
宗教がなくなっているからこそ求めるものがあるということを、現代人はもうちょっと真面目に考えないといけないんでしょうね。

信仰を持っていない若者に限ってカルトや過激な原理主義に洗脳されやすいと言われてることを思い出しました。
今は感動が手に入りにくい時代なんですかね?
音楽は多分これからも頑張らなければいけないのでしょう。
黄昏でもたそがれてちゃいけないような気がします。




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by teri-kan | 2016-07-13 14:54 | | Comments(2)
Commented by 4703 at 2016-07-15 09:31 x
失礼しました。
7403では、なく、4703です。
最近、視力の低下が、あり、小さな字が見えにくく、困ったものです。
まぁ~どっちでも、ええんですけど、(笑)
前回の、アラミスの、子供疑惑の件ですが、、
(勝手に、言ってます。)
王妃が云うのであらば、間違いない、ですな
あたしが、王妃なら、(これまた、凄い、妄想)
秘かに想いを寄せる人と、愛し合えて、溶け込んだんだから、王太子は、アラミスの、子供に、間違いない❗確信😏(ほんと、凄い、妄想)



日々の感動ですか、ん
改めて、今、感動する、何か、ありますか?って
聞かれると、今まで、出来なかった事が出来るように、なった事かな?あっ、それは、嬉しい事か
感動する、ねぇ➰
やっぱり、音楽、か、
中井智也さんの、二十五絃箏が、奏でる音色は、この世のモノとは思えぬほど、鳥肌が立ち、自分の中の、業が、まるで、清らかな、音色で心が浄化されるかのよう、感動しました。
是非、機会が、あれば、
んで、中々のイケメン❤

Commented by teri-kan at 2016-07-15 14:18
4703様
こんにちは、コメントありがとうございます。

視力の低下、私も他人ごとではありません。
お互い気をつけましょう!

>中井智也さんの、二十五絃箏が、奏でる音色は、この世のモノとは思えぬほど、鳥肌が立ち、自分の中の、業が、まるで、清らかな、音色で心が浄化されるかのよう、感動しました。

いいですねえ。
そういう体験が大事なんだろうなとか、そういう体験を大事にできる人は大丈夫なのかなとか、この本を読んで考えさせられたので、良い感動をされて良かったですねえと心底思います。

で、イケメンですか。
ホントにいいですね(笑)。
イケメンでなくても楽器を演奏する男性の顔はいいものだと思うので、見てよし聞いてよしの演奏ならホント文句ないですね。
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