「SWAN」ドイツ編 その9

「SWAN MAGAZINE Vol.45 2016年 秋号」を読みました。
予想外の展開で、正直「こうきたかー」でした。







悩めるエドがきたって感じでした。新鮮だったな。
いつも涼しい顔して踊ってるから、自分の体を思うように動かせなくて焦ってる表情が印象的だった。

エドは優しいですね。
「その優しさがいつかお前の命取りになるぞ」を思い出しちゃったけど(言われたのは草壁さん)、今回は妊婦相手だからしょうがないよねー。
オテロの踊りの激しさがどんなものか、見たことないからわからないけど、数ある演目の中でも激しいっていうくらいだから激しいんだろうし、結構ヤバイのは確かなんでしょう。

レオンがすごく当たり前に「大丈夫」とか「激しくても踊らせる」とか言ってるのが、ちょっとよくわからなかったなあ。
ものすごく真澄を信頼してたけど、その根拠はどこからくるのだ?って感じだった。
エラソーに「俺なら踊らせる」って、もしそれで何かあったらどうするつもりなんだろ。
真澄が若くて元気なのはわかるけど、一切の迷いなく大丈夫だと思いきることが尊いことだとは、この場合は決して思えないんだけど。

レオンは悩みとか迷いとかが一切なくなっちゃったんですねえ。
あのすんなりとした受け入れ方と真澄全肯定には、ちょっともうお手上げ状態だ。
確かに「まいあ」に登場するレオンっぽくなってたから、これがレオンの完成形だろうと思うし、いつかはこうなることも予想はしてたけど、なってしまったら終わりだと思ってたから、もう先は見えてるんだろうなあ。
最終回が近いのかもしれない。

魅力的かどうかで言うなら、悩めるエドの方が断然良かったな。
あとクリスの苦悩の方が共感できた。
初読時はそこが面白くて、「おお、こうきたかー」と思ったんだけど、読み返してると違う感情の方が大きくなって、今は正直結構微妙。
エドとクリスはいいんだけど、肝心の真澄がね。

真澄の能天気感と万物に対する信頼感の強さはすごいし、本人が大丈夫って言うならこっちももう「好きにしな」でいいんだけど、いろいろなところで「いや、問題はそこじゃないんだけど」って言いたくなるんですよね。
だってあの二人、全然聞く耳持ってないよね。

真澄の「全てとつながってる信頼感による愛」自体はいいものだと思うのです。
妊娠してその境地に達して、それを表現したいという欲求を抑えることができないのも、ダンサーや芸術家ならばあるでしょう。
でもあの説教でクリスが救われるとも改心するともあまり思えないというか、クリスがいい加減自分をどうにかしなきゃいけないのはそうなんだけど、立派な説教たれて、で、真澄はクリスの「お腹の中で何度も殺されかけた」という訴えにはどう答えるのかね?
実際死んでしまった子もいることにはどう答える?
クリスの訴えはするーっと流していいもんじゃないと思うけどね。
「自分は自分を信じてるから大丈夫」と言うだけでクリスを納得させられるか?
他人は他人、自分は自分、自分と他人は違うと、もしそう思っていたとして、それで人と深いところで繋がれるとかありえるか?

うーん、なんだか真澄の非難みたいになってきたな。
主人公なんだしエゴイストでOKという気でこっちもいるんだけど、ちょっとこれじゃない感が自分の中にあるのかもしれない。
立派なダンサーの内面は私じゃもうわからない~というか。

悩める人間は面白いし、苦悩する人間は興味深いし、我慢する人間も嘆く人間も、読む側からしたら愛しく思えるものだけど、そういう苦しさを持たなくなって、ある種の解脱状態になったりしたら、こっちとしてはもはや「すごいですね」としか言えないんだな。
悩まなくなった真澄とレオンは、だからその時点で主人公としてどうよ?になっちゃうんだ。
二人に葛藤が今号で何も起こらなかったことは結構衝撃だった。
ここまできたのかーって感じ。

ちょっと厳しすぎるかなあ。
命に係わることだから、感想書くのが難しいや。



ドイツ編が終わったら、やっぱり「まいあ」なんですかね。
描いてくれればの話だけど。
いっそのこと「激動のモスクワ編」をやってくれないかなあ。
番外編扱いでいいから、ソ連崩壊時の先生やラリサをめぐるアレコレ。
先生にも新たなお相手を見つけてあげて。
そういうの、ダメかなあ。





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by teri-kan | 2016-09-21 23:59 | 漫画(SWAN) | Comments(0)
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