「赤い館の騎士」

アレクサンドル・デュマ著、復刊ドットコム。

副題は「マリー・アントワネットを救え!」で、舞台は革命期のパリです。
幽閉されている王妃を救おうとする人達と、革命の熱狂に支配された共和派の人達が織りなす人間模様のお話です。

実はこれが初デュマ。
「カンディード」を読んだ後、物語らしい物語が読みたいと思い、これを選んでみました。
面白かったですね。
主人公とその親友の関係性が良かった。
もちろん恋愛もあります。
というか、メインはそれだと言っていいくらい、主人公の恋心が事態を動かしています。
それと並行して描かれるのが王妃救出の作戦。
結構ハラハラもので、だれることなく読み進められます。

物語として面白い小説ですが、個人的には描かれている時代背景に、より興味がわきました。
悪い意味でハイテンションのパリと、凶暴的なまでに革命に熱狂中のパリ市民。
ルイ16世の処刑約一ヶ月半後からアントワネット処刑後あたりまでが描かれているので、革命の狂った空気感がどういうものだったかがよくわかります。

というわけで、本作の感想もその辺のことが中心になります。






この物語は国王夫妻が処刑された1793年が舞台なのですが、デュマが本作を発表したのが1844年なので、この間51年。
日本で言うなら幕末の動乱期の物語を大正初期に書くといった感じでしょうか。
国中の悪者だったアントワネットをかなり冷静に、公平に書いており、デュマは共和主義者だったそうですが、王党派の描写は公平だったと思います。
常軌を逸した共和派の所業も美化は無し。
ウィキによるとアントワネットの名誉回復は死後30年以上たった後に行われたとあるので、大体1820年代後半あたり、本作が執筆されるよりも15年ほど前のことかと思います。

1814年に王政復古がなされたからこその名誉回復で、もしかしてブルボン朝が復活しなかったらブルボン家の名誉回復自体が遅くなり、「三銃士」執筆などもありえなかった?
革命で亡命したブルボン家の方々は革命が終わった後もナポレオン戦争に翻弄されてヨーロッパ中を放浪してるので(ナポレオンと敵対したくない国から追い出されたりとか)、革命・帝政という動乱の時代を終了させなければ、王朝を舞台にしたデュマの数々の傑作を読むことは、もしかしたらできなかったのかもしれませんね。
ブルボン朝に忠誠を示す貴族階級の騎士のお話って……うーん、フィクションなら許されるとか、あったかなあ。どうだろう。ちょっと無理っぽい気がする。

ちなみに日本の幕末・維新の動乱の名誉回復は、一応50年後に行われてるらしい。
大正6年に盛岡で戊辰戦争殉難者50年祭が開かれてるそうです。
幕府側として戦った方達の「賊軍」「朝敵」の汚名はそこで雪がれてるそうで、旧体制側の名誉回復にはやはり何十年もかかるものなんですね。
フランスは王政復古があったおかげで、むしろ早い方なのかもしれません。

デュマの生没年は1802~1870年なのですが、とにかくまあ、この間のフランスの政治体制の変遷には、「はあ?」な気持ちになります。
生年の1802年から数えて、第一共和政、第一帝政、王政復古のブルボン朝、七月革命が起こってオルレアン朝、二月革命が起こって第二共和政、それから第三帝政、1870年に第三共和政の設立を見て12月に死去。
68年の人生で7つの体制を体験してるとか、なにやってんの?フランスって言いたいくらいなんだけど、これだけ短期間に価値観が右に振れ左に振れな社会で生きていると、何が普遍的で何に最も価値を置くべきかという思索に向かわざるを得ないですよね。
体制に揺るがされない普遍的価値の探求に心が向かうしかない。

で、その普遍的なものには悪いものもあって、革命に熱狂する人達の描写やセリフの一つ一つなんか、もう痛いところを突いていて、人間のおぞましさにちょっと「うえ」ってなっちゃいました。
裁判ショーと処刑ショーに夢中になる人民の浅ましさ、罪を作り上げてまで他人を告発することに熱中する醜さ。
そんな風潮に乗らなければ反革命派と見なされる狂気。特殊な状況下に置かれた人々の狂いっぷりはすさまじい。

犯罪者や悪人じゃなく、普通の市民がそうなんですからね。
学のない人間の、神の摂理さえ捨て去った人間の、抑圧からの解放がもたらす欲の発露は恐ろしいですよ。
革命という「いいことしてる」という気持ちがある分、醜さを醜さと思えなくなってるのが恐ろしい。
でも、そういうのもありありと「人間」でしたね。
とことん醜いのも人間だったりする。

そういうのと対極にあるのが主人公の愛と友情で、もしかしたら王妃の信仰心もそうだったかもしれない。
デュマが書いてるのは、価値があるのはそういったものだということかなと思いました。
人間の依るべきものは何かというところで。
だから最終章はすごい。
とあるセリフがそのまま章題になってるのですが、その皮肉がすごい。

この小説は実在の人物が数多く登場していて、フランス人は登場人物が実際に何をして後にどうなったかを知った上でこれを読んでいるわけです。
この頃絶好調だった人達が、後に自らも処刑されるということを知ってる。
その上で最終章のあの題名だから皮肉しかない。
デュマはあの人物がホントに嫌いだったんだろうな。
私も大嫌いだけど。
本の中の所業もだけど、今に伝わる現実世界でやったことがこいつは最低。
はっきり書いちゃうとネタバレになるので実名を書くのは控えるけど、あの時期は本当に人が人とも思えぬ酷いことができた時代でした。



デュマは革命自体は支持してただろうけど、革命の実態については厳しい見方をしてたんだなと思います。
作中でも凄惨極まりなかった前年の九月虐殺についてしょっちゅう触れてるし、エンターテイメント色の強い作品だけど、それだけには収まらない内容になってます。

案外今の時代に読んだらいいのかもしれない。
世界中でこれまでの価値観が急激に揺らいでいるから。
価値観を失った当時のパリの混乱と欺瞞は見るべきものがあります。
寛容でもなく寛大でもなかった社会において、最後の一文で主人公の親友を寛大と評しているのが印象的でした。

まあ、今の世界の問題は、むしろ際限のない寛容を強制する非寛容の方にあると思うけど。
その非寛容を絶対善としてる欺瞞かな。
寛容という言葉は難しいですよ。寛容のキャパはそれぞれ違うし。
寛容度の低い人を糾弾する寛容さのない人間が「自分は寛容である」と大きな顔をしてる今の社会は、うーん、案外というか、やっぱりというか、革命期のフランスとそう変わりないかも。
これで暴力が本格的になったらいよいよ末期。
バランスをどうとるかというのは、今も昔も変わらない課題なんでしょうね。
その中で確実といえるのは、やっぱり愛と友情かなあ。
本作中のモオリスの愛とローランの友情は確かに素晴らしかったです。



そうそう、この頃はみんな相手を呼ぶ時は「市民」なんですね。
よくソ連の共産党員が「同志アレクセイ」とか「同志ナントカ」とか、「同志」付けで相手を呼んでたけど、それと同じように革命期のパリの方々は皆を「市民」付け。
「市民モオリス」「市民ローラン」って感じで。
「マダム」「ムッシュウ」なんてうっかり口にしたら即、反革命派扱い。
下手したらギロチン行きです。
いやー、ホントいやな時代だ。
フランスさいてー。

なんでルイ14世はナントの勅令を廃止しちゃったかねえ。
あとベルサイユ宮殿の建設。
個人的にはこの二つが大失策だったと思ってるんだけど、だからといってあそこまで凄惨なフランス革命は認められないし、ホントになんでこんなことになっちゃったですかねえ。
何が悪かったんでしょうねえ。



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by teri-kan | 2017-01-18 16:52 | | Comments(4)
Commented by あんどれあ at 2017-01-20 23:27 x
赤い館の騎士、読んだのがすごい昔であらすじしか憶えてない(汗)のですが、デュマのお父さんは王妃付きの竜騎兵だったので、マリー・アントワネットに公平なのはその影響もあるのかも?とteri-kanさんの感想を読んで思いました。
マスケのポルトスと同じくデュマのお父さんは、黒人とのハーフで、貴族のお父さんと上手く行かなくなったりして、熱烈な共和主義者だったのですが、貴族の御曹司時代は社交界で女性にモテモテだったらしいので、自然に両方の世界に親しんでて、息子にもその影響があったのかもしれないですね。
Commented by teri-kan at 2017-01-23 01:11
あんどれあ様、こんばんは。

>デュマのお父さんは王妃付きの竜騎兵だった

そうだったのですか。
教えて下さってありがとうございます。
やはり出自や家庭環境は影響してますよね。

この本を読んでる時も思ったんですけど、デュマ自身に興味が向かってしまって、我ながら「ヤバいなあ」って感じでした。
あまり深入りしたくないと言うか、深入りしたら大変そうで(苦笑)。
「赤い館の騎士」は結構たまたまといった感じで読んだのですが、デュマはやはり面白いですね。
Commented by suezielily at 2017-04-18 22:28
こんばんは。
結末がとんでもなかったですね、三島でいうと聡子と清顕と本田が3人とも…するみたいな(そんなことはないけど)、春の雪 ですがね。

アントワネットのワンコが…でしたねー。
「パトラッシュ、なんだか眠いんだ」といい勝負ですわ。
タンプル塔で犬飼えたのか。。。
って、関心するの、そこか!?
コンシュルジェリーのほうが大変な所だったのでしょうか。

バルザックやフローベール、モーパッサンと比べてエンタメに徹してる気がして、ちょっと俗というか直木賞作みたいな、日本でいうと。

この頃の作品って女は修道院がえりか、籠もって出てこないか、男は決闘しまくり、ですね。
Commented by teri-kan at 2017-04-19 10:11
suezielily様、こんにちは。

ワンコ……嗚呼、そうでした。
タンプル塔はまだマシだったようですね、コンシェルジュリーに比べたら。
だんだん環境が悪くなっていくのはしょうがないんでしょうね。

そうですね、エンタメでした。
だから読みやすかったです。
一つのシーンの描写に何ページもかけるとか、そういうのもないし、基本ハラハラワクワクドキドキ。
楽しかったです。

まあ内容は楽しいなんて言ってられないものなんですが。
イヤな時代でしたねえ。
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