「カンパン夫人 フランス革命を生き抜いた首席侍女」

イネス・ド・ケルタンギ著、ダコスタ吉村花子訳。
白水社。

マリー・アントワネットの首席侍女を務めた女性の人生を綴った本。
生没年が1752年から1822年ということで(アントワネットより3歳年上)、ルイ15世のブルボン王朝から革命を経て、ナポレオンの帝政、王政復古までが時代背景となっています。






権力者の近くにいた女性ということで、激動の時代の内実がたくさん書かれてて大変面白いです。
特にベルサイユ宮殿での王とその家族の生活風景、革命期のチュイルリー宮での国王一家の生活は興味深い。
チュイルリー宮、スパイだらけですごかったです。

ベルサイユ時代の話では「ベルサイユのばら」に登場することで日本人にはお馴染みの三人のおばさま王女が面白かったですね。
カンパン夫人は彼女達の朗読係を15歳で拝命したことから宮中への出仕が始まるのですが、実は夫人は貴族の出ではなくブルジョワ出身。
それなのに王女達の朗読係から王妃付の侍女となり、最終的には首席侍女までのぼりつめたという凄い人。
首席侍女は貴族しかなれなかった役職ですが、どうして彼女はそんな地位を得ることができたのか。

……とまあ、そんなところからも興味がわく本なのですが、この人はさらに帝政期にナポレオンが設立したレジオン・ドヌール教育学院エクアン校の校長にも就任してるんです。
ほんと輝かしい経歴なんですね。
でもだからこそ妬まれ、中傷に晒される人生を送ることとなりました。
どうやらフランスでは死後もずっとそういった評価をされていたようで、その理由を知ることもこの本の面白さの一つになっています。

日本ではカンパン夫人はマイナーなので、彼女自身のことよりもベルサイユで何が行われていたか、王や王妃の実際の性格はどうだったのか、革命の実態はどうだったのか、ナポレオンとジョゼフィーヌの関係はどうだったのか、といったことを楽しむことに読書の比重が置かれそうですが、おそらく著者の意図はカンパン夫人の名誉回復にあるんだろうなと察せられる内容になってます。
で、実際読んでいて、これは中傷の的にされても仕方ないだろうと思われる部分は確かにあるのでした。

単純に、王妃自体が王弟からも貴族からも庶民からも嫌われており、そんな王妃に仕える侍女はそれだけで嫌われる。
貴族出身でないのに首席侍女まで出世したから、貴族にもある種のブルジョワにも嫌われる。
革命期に入ってさえ王家に仕えたので共和派に嫌われる。
王家に仕えていたのにナポレオンにも近かったので王党派にも嫌われる。
亡命せず危険を承知でフランスに留まったため、王家に忠実だと言いながらフランスから逃げ出した貴族達のメンツをつぶす存在として有力亡命者から嫌われる。
何より女性でありながら大変に頭が良かったので、そういうのを快く思わない人間達から嫌われる。

ようするに、優秀で聡明だからどの時代でも重宝されるんですね。だから壮大に妬まれる。
どの時代であれ誰が権力者であれ、その時その時を誠実に生きていった上での彼女の素晴らしい仕事ぶりなのですが、こういう人はある種の人間から確かに妬まれやすい。
あと、多分ですが、女性であることも嫌われる理由になったかと思う。
台頭する女性はただでさえ風当たりが厳しいですからね。
自分で道を切り開けるチャンスって女は男に比べればわずかで、カンパン夫人もそのわずかな与えられた場所でなんとか生き抜いて結果を出しただけの話なのですが、そのわずかな場所でさえ輝くことを快く思わない人というのは実際にいます。
特にこの時代は皆生活にも精神的にも余裕がありませんから、小者の嫉妬は相当なものだっただろうと思います。



とまあ、カンパン夫人自体はそんな感じなのですが、彼女の王や王妃の考察がとにかく面白いのが素晴らしくて、それを解説してくれる著者の筆もわかりやすくて、これは大変に良い本でした。
少々お高いけど読む価値あり。
なぜフランス革命が起こったのか、ベルサイユの生活面からでもかなり理解できます。
ホント、なんでルイ14世はベルサイユなんてモノ作ったんだろうってやっぱり思うし、なんでブルボン朝の国王の父親は揃いも揃って短命だったんだ?と思う。
父親がいれば兄弟間の対立ももう少し和らいだだろうに。

ルイ16世の父親はオーストリアから息子の妃を迎えることを反対していたそうだけど、彼の方がその父親のルイ15世より慧眼だったですね。
この本を読んで、マリー・アントワネットが悲劇の王妃になったのは、オーストリア出身だったからに尽きるんじゃないかと、しみじみ思うようになったので。
ありとあらゆることの相性が悪かったんだなと、心底思いましたですよ。

せめて子供が早く生まれていれば……。
それも含めて、ルイ16世とアントワネットの相性は、あらゆるところで合っていなかったんだなと思います。

そうそう、アントワネットがフランス国民に嫌われた理由の一つに、一般的に「浪費」があげられるんだけど、なんと彼女はとてもケチな王妃様だったそうです。
もちろん庶民からしてみれば無駄金を使ってるんですけど、それでも王弟とかの浪費に比べたら桁が違うんです。はるかに小さい。
でも王弟は周囲の人間にも大盤振る舞いをするんですね。だから人々に好まれた。
一方王妃はケチケチで、褒賞とか御祝儀みたいなものを与えるべきところでも与えない。
だから仕えてる人間から嫌われる。金の使い方についての悪口が広まる。
……なんかねえ、考えちゃいますよねえ。

おそらくそういった振舞いは、実家の家風やオーストリア宮廷の習慣と無関係ではなかったと思うので、そういうのも含めて「合わなかった」と思うんだけど、ホントにあらゆることがかみ合わなかったんだなと、これについてはアントワネットが可哀想でしたね。
浅はかなところもあったけど、王妃の座を追われ、処刑されるほどではなかったですよ。
カンパン夫人から見た王妃像なので、いくぶんか差し引いて読む必要もあるだろうけど、それでも最後の最後まで王妃に仕えた忠実な人の言は知るに値する。
夫人は後年もずっと王妃の肖像画を持っていたそうだけど、辛かっただろうと思いますね。

終生変わらなかった彼女の王妃への忠誠心をナポレオンが評価してたのはいいなと思いました。
忘恩の輩を彼が嫌っていたというのは興味深かったです。
信頼できるかできないか、人物の評価はそれに尽きますし、権力者にとってはそれこそそこが肝心なんだろうなと。
ナポレオンも功罪ありますが、彼の人となりがわかる良いエピソードでした。



うーん、この本は書けることがたくさんありすぎて困るな(笑)。
良い本でした。
内容が濃い。でも読みやすい。
翻訳も良かったと思います。

本作は著者初の邦訳だそうで、今後また訳されるものがあるなら読んでみたい気にさせられました。
特にフランス本国で2005年に発売されてるレオノーラ・ガリガイ(マリー・ド・メディシスの侍女)の本。
これは気になります。
ほぼマスケの時代ですもんね。
日本でも出てくれたらうれしいです。



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by teri-kan | 2017-02-17 16:43 | | Comments(2)
Commented by stefanlily at 2017-02-24 17:35
 こちらの本は未読ですが、よい本をご紹介いただきまして、有難うございます

バルザック「ゴリオ爺さん」
http://suzielily.exblog.jp/25280624/
 ゴリオが住むアパートの管理人が猫を飼っている、という設定ですね。
そして、バルザックの「谷間の百合」のモデルの貴婦人の母親が、アントワネットの侍女だった、再婚相手がジャルジュという軍人。ええー。オスカルの親ですの!オスカルは架空の人ですけどね。ジャルジュはアントワネットを脱獄させようと画策したそうです。勿論失敗でしょうが。
バルザックは他の作品でもアントワネットという名前の女性を登場させます。貴族ではないが貴族に近いところにいた、というのは三島もそうですねー。
Commented by teri-kan at 2017-02-26 00:33
stefanlily様
こちらにもコメントありがとうございます。

バルザックですかー。
読んだことないです。
もともと小説とか文学作品自体をあまり読んでなくて、バルザックは文学史上のビッグネームというイメージくらいでした。

>ジャルジュはアントワネットを脱獄させようと画策したそうです

そういえば「ベルばら」でもジャルジェ将軍がアントワネットに亡命をすすめる場面があったような。
国王夫妻の亡命や脱獄の計画は結構たくさんあったようですね。
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