「プロテスタンティズム」

副題は「宗教改革から現代政治まで」。
深井智朗著、中公新書。

キリスト教の宗派争いが行き着いた先の、二つの国家の違いが面白かったです。
世界をリードする西側の二ヵ国であるドイツとアメリカは、どちらもプロテスタント国家ですが、どういう歴史を経てあのような建国の理念と精神を持つようになったのか、わかりやすく書かれています。

一代で成り上がるアメリカン・ドリームがキリスト教精神に支えられた行為だということには、正直「ええええ~!?」でした。
私なりにまとめると、こういうこと ↓ らしい。

死後に天国に行ける人は神に愛されてる → 神に愛されてるならば生前も良い目を見てるはずである → ゆえに現世で成功してる人は神に愛されてる人である → 成功者こそ正義!
どーよこの論理。

欧州と違って国家と結びつかない民間経営の教会というのがアメリカのキリスト教で、それについての歴史と精神の説明はいちいち面白かったのですが、うん、まあ、これはポジティブになれますよね。
聖書を好きに解釈して好きに伝道して、信者を増やし資金を集め、自分が思う世界をこの世に作る。
それが狭いコミュニティであれ大きなものであれ、こうしたやり方で生きていくというのは、とりあえず自由で幸せなことなんだろうなあ。

ただ、そんなメンタルの国家が外交でうまいことやれるかというと期待できない。
アメリカ式の民主主義を他国に押し付けるのって、伝道の延長みたいなものかなと思うけど、そう簡単にいくはずないっての、どうやら彼らはわかってなさそう。
金儲けはできるから経済力をバックに世界の警察はやれるけど、真のリーダーになれるかというと、かなり怪しい気がする。

まあ、アメリカのリベラルなプロテスタンティズムの解説は、自由と信仰の奇妙なバランスが「なるほどアメリカ!」って感じで、彼らの不思議を理解するのに役立ったのですが、本書のメインはやはりプロテスタント発祥の地、保守思想のプロテスタンティズムの国であるドイツです。
ドイツの歴史は笑えないですね。
ルターにしてみれば、「まさかこんなことになろうとは!」だと思います。






ルターの意図としては、大改革を目指していたわけでも、ましてやカトリックから独立した宗派を作るつもりもなく、ちょっとした「リフォーム」をしてくれたらな、といったものだったそうですが、当時の社会情勢はこの問題を宗教の範囲内で収めることを許してくれませんでした。
政治と密接に絡みすぎというか、神聖ローマ帝国で起こった宗教改革は、ほとんどローマ教皇の支配からの独立運動。
神聖ローマ帝国がプロイセン中心のドイツとカトリックのオーストリアに分裂するのは必然でした。

プロイセンがプロテスタントに重きを置き、ドイツ帝国を作る際のナショナルアイデンティティもプロテスタンティズムに求めたというのは、いろいろと「だからか」と納得。
プロイセンって世界で初めて国民皆兵制を採用した強烈な軍事国家で、ドイツ帝国もその流れってイメージだったんだけど、普仏戦争や第一次世界大戦でのドイツ軍のメンタリティって、プロテスタンティズムに裏打ちされた、ほとんど聖戦を戦ってるような感じだったらしいです。

要するに。
市民革命とは、イギリスでもフランスでもなく、ルターが行った宗教改革が世界初のものであり、そのルター以来の「王家と一体となる」という正しい信仰を持って、正しくキリスト教を実践してるのは我々ドイツである。
カトリックは敵、デモクラシーは敵、共和政は敵。
フランス許すまじー!!

こんな意識で戦争をやるのだから、そりゃ苛烈にも情け容赦のないものにもなる。
軍なんてどこの国も酷いけど、にしてもドイツの徹底ぶりってなんなんだろうとずっと不思議だったんですが、原動力はバリバリのプロテスタンティズムでした。
ルター派の神学者も扇動してたんだそうで。
なんか、もう、ねえ。
勘弁してって感じです。

そりゃフランスは許すわけないよなー。
第一次世界大戦終了後、ドイツに莫大な賠償金を課す事の是非が問題になった時、フランスは頑として譲らなかったそうだけど、普仏戦争と第一次世界大戦と、たまった恨みつらみはすごかったんでしょうね。
まあ、その賠償金のせいでナチスが出てきて、またもやフランスは酷い目に合うわけだけど。

ちなみにドイツのルター派はナチスに何気に協力的だったらしい。
「王家と一体になる宗教」「国家と一体になる宗教」がルター派のあるべき姿なので、その前のワイマール共和国時代は肩身が狭くて、ナチスの国家主義はかなり歓迎すべきものだったそうです。
悲しすぎる話で、ルターはあの世で憤死したんじゃなかろうかと思うくらいなんだけど、今のドイツの精神は、だからこの辺りの反省がとても強いものとして横たわっています。

メルケル首相、お父さんがルター派の牧師さんなんですよね。
彼女の信念は、それこそ彼女の人生の長さだけではなく、80年前のドイツや、それこそルターの宗教改革からの500年の歴史が背景にあると考えてよいようです。
本書のドイツの多様性を尊ぶ姿勢への言葉は感動的で、うっかりメルケル万歳って言ってしまいそうになるくらい。
人類の理想がここにある!と思えるくらいです。
だけど残念ながら私はひねくれてるので、単純に称賛はできない。

ほとんど無制限の多様性を推進出来る余裕は経済的な余裕があるからですもんね。
「一人勝ち」と揶揄されるほどEU内の利益を吸い上げておきながら善人ぶられても、ちょっとね。
現在のドイツの理念は大変結構なんだけど、結局ドイツって理念と現実をどうかみ合わせるか、そこのところでつまづいてしまうお国柄じゃないの?って気がどうしても拭えないです。



長くなってしまいましたが、そんなわけでプロテスタントって、ていうかキリスト教って、ていうか信仰って、かくもややこしいものなのか~という一言に集約される、そんな濃い内容の一冊でありました。
神学論争って不信心な人間からしてみたら、脳みそがこねくり回されて頭から煙が出そうってなもんです。
神や聖書の解釈なんて、必然的に争い事ばかりになるし、政治にいいように利用されたりもして、もっと楽にリラックスして生きていけないものなのか?って、やはり不信心な人間は思ってしまう。
イスラム教だってひどいのは宗派争いだし、どうにかならないものですかね。

で、本書を読んで興味を持ったのは、結局またまたプロイセンなのでした。
全然好きじゃない国だけど、ドイツ関係の本を読んだらどうしてもここに行き着く。

プロイセンを人工国家と言ってる人がいて、そういえばアメリカも人工国家で、そんな人工的な国が宗派は違えどプロテスタントを国民の精神の柱に置き、強大な軍事国家を作ったという共通点があるというのが、なんか気持ち悪い。
加えて、なんで明治の日本はプロイセン(ドイツ帝国)を模範にしたのだ~!と、ちょっと文句を言いたい気持ちも出てしまう。
遅れてきた新興国家で、制度的にも見習いやすかったというのはあるんだけど、それにしてももっと他になかったんですかねえ。



明治政府が範にしたのはプロテスタントに支えられたドイツ帝国。
明治社会が学校設立などで受け入れたキリスト教は、主にアメリカ式のプロテスタント。
実はこの本はプロテスタンティズムという日本に関わりなさそうなものを取り上げてるけど、実は関係大アリのシロモノ。
自分達が近代化のために受け入れたモノがどういった歴史をたどってどういった精神性を持っていたものなのか、それを理解することができます。
もちろん現在の彼らを理解するのにも役立つ。
同じプロテスタント国家だけど、この二国って根本的に合わないんじゃない?って思えるところとか、いろいろとお役立ちです。

かなりオススメ。
面白い・読みやすい・わかりやすいの三拍子が揃ってます。
今の時代にタイムリー。
アメリカ人とドイツ人の行動原理がよくわかります。



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by teri-kan | 2017-04-28 08:50 | | Comments(0)
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