「鉄仮面」

ダルタニャン物語の第10巻。
アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛翻訳。
講談社文庫。

有名なフーケの大園遊会がとうとう行われるのですが、デュマの緻密さに感心。
史実と事件の絡ませ方が上手いなあ。
史実と登場人物の感情の絡ませ方が上手いなあ。
いやー、すごい話だった。
こんな恐ろしい話を書くなんて、デュマ、恐ろしい人。

今更ながら、ここから先はネタバレです。
これまでもそうだったけど、この巻は鉄仮面関係の、というより第三部の肝心要部分が書かれてるので、知りたくないという方は避けて下さい。

以下は大ネタばらしの第10巻「鉄仮面」の感想です。







今から思えば、映画「仮面の男」はかなり原作に忠実だったんだな。
映画は大雑把な記憶しかないので、忠実と言ってもざっくりな忠実さだけど。
人物像をデフォルメしたり人間関係を簡略化させたり、2時間にまとめるための変更はあったけど、大事な部分は外してなかったように感じました。
映画で太后とダルタニアンと王の関係をなぜあのように設定したのかも理解できました。
映画で原作のようなダルタニアンの忠誠を描くのは、確かに難しかっただろうと思います。

肝は四銃士の王への忠誠心なんですよね。
思えば第一部も第二部もこれが描かれてました。
四人の忠誠心は本当にそれぞれで、それゆえに王に諫言したり、逆らったり、敵対したり、やむを得ない行動をとるのだけど、彼らの言動を見てると当時の人間にとっての王とはどういう存在なのかというのがわかって興味深かったです。

ホントに面白かったです。皆なるほどと思える。
神の理から王の筋の通らない行動を批判するアトス、自分の大切なものを守るために敵対してしまうならそれはそれでよしのシンプルなポルトス、身近にいる臣下として命をかけて諌めるダルタニアン。
王たるもの、道理を外れては決していけないのですね。
でもこの巻の王はそこがダメダメなんだなあ……。

アトスの王への諫言が容赦ないんだよね。
なまじアトスが聖者のような人なものだから、正論が正論すぎて王を追い詰めちゃうんだ。
ダルタニアンの諫言はさすが。
魑魅魍魎の宮廷で長年生きてきただけある。王への説得力はこれ以上ないものだった。
ポルトスは……お話から忘れられてるなあと思ってたら、ホントに忘れられてた(笑)。
ラウル、うっかりさん。
あれだけ激動の一日だったからしょうがないんだけど、うん、ラウルとグリモーの二人組はよかったですね。
二人ともアトスのこと大好きなんだなあ。

……とまあ、ここまでは大騒ぎとはいえ、それでも普通にある宮廷物語ってことでいいんだけど、この巻の後半はもう陰謀一直線。
恐ろしい話でした。
アラミスやばすぎる。

いやホント、なんなのアラミス。
よくあんな作戦考えたよね。
バスチーユのペーズモーは何が何やらわからんまま、うっすら陰謀の匂いだけ嗅いで、でもホントにさっぱりわけわからなかっただろうなあ。
アラミスの力技は無茶苦茶だ。
でもその分意志の強さが伝わって、恐ろしいにもほどがあるアラミスだった。

ルイを見切る理由はわかるけど、アトスのように自分が実害を被ったわけでもないし、あそこまでするのが、もうねえ。
フィリップにはもっともらしいこと言ってたけど、ルイが王の資質に欠けるからというより、自分の野望を叶えるためにルイだと都合が悪いから、ってなだけの理由にしか見えないのが、なんなのよアラミス(涙)になってしまうんだな。
最終巻ではまた事情がいろいろ出てくるのかもしれないけど、今のところはそうしか見えない。

だってこれではルイが気の毒すぎるでしょ。
映画より残酷だなあと思うのは、ルイがフィリップの存在を知らないことですよ。
知らなくてあの境遇に落とされたら発狂モノだわ。
映画も「うへえー」なルイの結末だったけど、なぜ自分がこうなってしまったか理由を知ってるだけマシだったのではないかと、原作を読んだら思えてしまう。

うーん、アラミスは何に対して不満を抱いてるのかな?
何が不足してるんだろう。
フィリップは気の毒な境遇だったけど、アラミスは口で言うほど気の毒に思ってないと思うんだ。
王子に対する王家の処置には怒りを覚えただろうけど、アラミスの性格なら「でもしょうがないよね」で済ませられると思うんだ。

やっぱり己の野望のために王を利用したとしか考えられないんだよねえ。
二人の若者の運命を動かし、フーケの運命も操作しちゃったんだよ、アラミスってば。
うー、神をも恐れぬ所業だ。
前々から書いてるけど、アラミスを坊さん設定にしたのはホント上手い。
ていうか、当時の聖職者って上位にいけばいくほど野望アリアリなのが基本で、このアラミスも当時では特に不思議ではない人物像なのかもしれない。

いやもう、ここは予想と違ってたのでびっくりしました。
なんだかんだで王の入れ替わりは行われないと思ってたので。
だってさ、史実に合わせようと思ったら、さすがに顔が同じだからOKってわけにはいかないですよ。
映画はあれで終わるからいいけど、原作は史実にそれなりに忠実なわけだし。
これからどういう風に話が進んでいくんでしょうねえ……。

ところで、フーケのヴォー・ル・ヴィコント城って原作通りに「青の間」ってあるのかな?
その階下の部屋は国王が泊まるほどの美しい部屋なのかな?
そして王の寝室の下は……いやあ、あっはっは。
あの部屋の仕組みは読んでてビックリ仰天だったですよ。
細工した人はフーケの許可を取ってるんだろーか?
(いや、きっと取ってない。アラミスが上手いこと言って勝手に作らせたんだ、きっと。)

ヴォー・ル・ヴィコント城の描写は素敵で、集まってた詩人・作家はビッグネームばかり。
ラ・フォンテーヌやコルネイユ、モリエール……彼らに詳しかったら読んでてもっと楽しいんだろうなと思える場面が多々ありました。
知らなくても思いっきり楽しいんだけどね。
でも当時の文化文芸に造詣が深かったら、もっと楽しかっただろうな。

……いろいろあったし、もっとあったと思うけど、とりあえずこういった感じの、第10巻「鉄仮面」でありました。



すごいところで10巻が終わってるから、11巻にすぐ取りかかったんだけど、悲しいかな、「ダルタニャン物語」は11巻が最後です。
これが終わったら終わってしまう!と、かなり悲しい気分で読み始めております。
寂しいなあ。




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by teri-kan | 2017-07-05 10:49 | | Comments(2)
Commented by あんどれあ at 2017-07-05 23:29 x
とうとう最終巻ですか! 怒涛の展開ですが、最後まで楽しまれますように。

アラミス、私も具体的な動機は思いつかないのですが、
二十代の彼は知識欲・学究欲で聖職者を目指して、中年になって元々素質があった権力欲が開花してしまったのでは、と思いました。「三銃士」時代の彼は、見た目美少年風なのにシュヴルーズ夫人みたいな恋人がいて、しかもしっかり色々援助してもらって中々やるなあ、と思ってたのですが、そこらへん、高い権力が好きという現れだったのかもしれません。「二十年後」でもしっかりロングヴィル夫人押さえてるし!
頭がすごくいい人だから自分の方が上手くやれる、というのもあったのかもしれないですね。彼はリシュリューになりたかったのかなあ、と。

フーケの大晩さん会シーンは昔読んだ時からからすごく記憶に残っています。
けちけちマザランの親政、パリではなく郊外での華やかな宮廷生活、フーケの王様顔負けのゴージャスぶり、と「ヴラジュロンヌ子爵」を通して読むと、ルイ14世がヴェルサイユ宮殿を作ってしまった動機までが何となくわかってくるのも、歴史小説の部分もいいと思います。陰謀や冒険の物語だけど、絶対王政の頂点を迎える前、王以外の脇役たちがひと花咲かせようとする(そして今後はそんなことは起きないだろうという)様子もよく描けてると思います。
Commented by teri-kan at 2017-07-06 13:24
あんどれあ様、こんにちは!

最終巻はまだ途中ですが、しょっぱなから本当に怒涛の展開で、「えええー」とか「そんなあ」とか思いながら読んでます。
いやー、いろいろと衝撃です。

>そこらへん、高い権力が好きという現れ

アラミスってもともとそういうものに惹かれてるところはありましたよね。
でもそれに火がついたのは、例の彼の存在を知ってしまったからなんだろうなと思いました。
境遇を気の毒に思っただろうし、これは使えるとも思っただろうし、あんなやり方をとったのはバスチーユに移送されたからだろうけど、彼はアラミスが今の政治に抱いてる不満を集約したような存在だったのかなと思います。

これは私もものすごく考えたんですけど、リシュリューを評価してるのはあるとしても、アラミスはとにかくマザランの政治が嫌いだったんじゃないかなあ。
ここはもっと整理したいところなのですが、アラミスのこれまでを振り返ってみると、そこに行き着くような気が今はしています。

>絶対王政の頂点を迎える前、王以外の脇役たちがひと花咲かせようとする(そして今後はそんなことは起きないだろうという)様子もよく描けてると思います。

完全に仰る通りだと思います。
最後まで読んでみないとはっきりしたことは言えないのですけど、読んでいてさえルイ13世時代との違いをひしひしと感じます。
時代は変わってるのだなあと、ダルタニアンやアトスじゃないですけど、しんみりしたことを言いたくなりますね。
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