排外思想

先週からNHK-Eテレの「100分de名著」で、ハンナ・アーレントの「全体主義の起原」をやっています。
ここ1年か半年か、新聞やネットでアーレントの名をよく目にするようになって、気にはなっていたけど読むのは大変そうだなー、だったところに、ナイスタイミングで取り上げてくれました。
で、第一回目は主に排外思想について語られたので、それについて日頃から思ってることと合わせてつらつらと。







アーレントによると、古くからあるユダヤ人差別と、19世紀に出てきた反ユダヤ主義は、性質が違うのだそうです。
19世紀に国民国家が生まれたからこそ、国家内にいる別の民族(ユダヤ人)を排除する動きが起こったのだとか。
国民とは、イコール同一民族。
ただ差別するだけでなく、排除の論理が現れるのは国民国家が出来てから。
なるほどって感じです。

しかしそうであるなら排外主義はこの先永遠になくならないような気がします。
国民国家ってフランス革命がその起源のようなものでしょ?
ブルボン朝を倒したフランスに脅威を感じた周辺の王国が、「王制を倒すなんてけしからん!」とフランスに攻めてきて、そのせいでフランス人が「自分達の国を守れー!フランスはフランス人のものだー!」となって、その過程でそれまで漠然としていた「国」という意識が「自分達の国」というものに変わったというのが、そもそもの民衆の国民意識の始まりという話だったような。

それ以前の「国」って、いわゆる現在のような感じではなく、「王様の土地」みたいなものでしたからね。
そこに住んでる人はただそこに住んでる人っていうだけ。
だから自分達の国家という意識は薄くて、違う民族の人が近くにいても特に気にしないでいられた。

でも「民族対立のなかった頃は良かったね~」で王政の昔に戻れるかと言われたって、当然のことながら今更そんなことできやしない。
国民主権はもはや絶対に手放せない人間の権利です。
排外主義が生まれた経緯を説明されても、じゃあみなさん主権を手放せますか?って言われて「はい」なんて答えられるはずないし、宗教と価値観の違う民族も同じ国にいますけど彼らと主権を分かち合えますか?と問われて、一体どのくらいの人が「いい」と言えるものか。
多数派(自分達)の価値観に合わせてくれるなら一緒の仲間としてやっていけるよ!っていう人は結構いると思うけど、フランスなんか見てるとそう簡単な話でもなさそう。
ブルカの扱い一つで亀裂が深まる社会です。
価値観の違う民族が一つの枠の中でやっていくって、多分とても難しいのです。

国民主権って、自分達を治める政治家を自分達で選ぶってことで、誰だって自分達の代表は自分達の価値観や土地柄を知ってる人になってもらいたいものです。
去年のイギリスを見ててもそうでした。
なんで自分達を縛る法律をロンドンではなくブリュッセルが決めるんだ!って憤ってた人、多かった。
おそらく大なり小なりそういった傾向は人間皆にあって、どこまで共存が可能なのかはそれぞれだけど、いざとなれば内向きになって自分のテリトリーを守ることに必死になるというのは、多分人類に共通してると思います。

結局テリトリーの守り合い、奪い合いの話だから、人間の原始的な生存本能に基づいてる行動なんですよね。
究極のところ、全くの他人に支配されてもOKですか?というところに行き着く。
一つところで違う価値観を持つ人間が権利を分け合うというのは、多分とてつもなく難しいのでしょう。
アメリカでさえヤバい状態です。
とはいえ、弾圧したり殺したりするのは以ての外だ。
いくら排除の論理が働くとはいえ、虐殺は聞くだけでも耐えられない。

第一回目の放送で印象的だったのが、「ホロコーストは収容所に大量の人を集めて虐殺するという時点で理に適っていない」ということで、実はこれは目からウロコでした。
後世の人間は「許せない」と言いつつも歴史的事実としてストレートにホロコーストを受け入れるけど、同時代人にとって本当にあれはおよそあり得ないことだったんですね。

確かにそうです、理屈に合ってないです。
何百万ものユダヤ人を殺して、「で、だから?」なんです。
そんなことに金と労力をかけるなら、それこそ戦争中なんだからそれらを戦争に回した方が理解できる。
ナチスはあれだけの金と労力を使って一体何がしたかったんや?と疑問を持たれても、ある意味当然のような所業なのです。

それで思い出したのが、同じドイツの魔女狩りなんだけど、あれも火あぶりに大金かけてるんですよね。
燃料が木ですから、人ひとり火あぶりにするだけで実は相当な資源を無駄にしてるんです。
いくらドイツは森がたくさんといっても限りはあるし、誰が見ても言いがかりにしか思えない無実の人間を貴重な木材を使ってわざわざ殺すという、その狂いっぷりはホントにわけわからん。
魔女狩りの犠牲者が他国に比べてドイツは段違いに多いんだけど、あれだけ合理的なドイツ人がなんでここまで非合理なことをするのか。
ホロコーストにしても「理に適ってない」って思われてたと知って、やっぱりそうなのかあって感じです。

多分その辺はアーレントの著作を読むと理解できるんでしょう。
理に適ってないことをやるだけのパワーの源は何か。
差別や憎悪というだけでは答えになってませんもんね。
ドイツ人以外の人間だって残虐性を持ってるし、むしろナチス以前のユダヤ人差別については、例えばフランスの方が酷かったと聞くし、第一次世界大戦の敗戦があったとはいえ、せめて追放くらいにとどめておけなかったのかという疑問は、やはり残ります。

今回の一連の番組でわかれば万々歳だけど、そもそも100分という短さだし、完全な答えを得られるかどうかはわかりません。
でもとりあえず後2回あるから、まずはそれを楽しみにしたい。
次回は全体主義そのものについての話になるのかな?
現在の世界情勢を念頭に置かずには見られないので、重苦しい気持ちになること間違いなしでしょうが、いろいろと考えるきっかけになればと思います。




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by teri-kan | 2017-09-15 16:08 | 事件・出来事 | Comments(0)
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