「サピエンス全史 (上) 文明の構造と人類の幸福」

ユヴァル・ノア・ハラリ著‎、河出書房新社。

昨年とても話題になった本。
面白かったー!
というわけで、とりあえず上巻の感想。







とにかく、視点が固まらないようにして人類史を見るってことなのかなと。
現在ホモ・サピエンスは地球上に絶対王者として君臨してますが、その視点では決して見ないということ。
優秀なサピエンス、という上から目線をとにかく外そうというアプローチが、特に初め頃は多かった印象です。

でも、これは一神教の信者の中には受け入れられない人もいるんじゃないかな。
だって「人間は神から他の動物を管理する役目を与えられた」とか真面目に信じてる人達じゃないですか。
私だって読んでて「そういう視点があったか!」って思わされたし、人のことは言えないんだけど。

農業革命の項はすさまじかったですね。
しみじみと「人間は悪魔と契約したのか~」と、読みながら恐ろしくなりました。
著者も人間と穀物の関係は「ファウスト的な取引」って書いてるけど、いやホント、冷静に客観的に見れば農業は詐欺だわ。

どういう風に詐欺かというと、私なりに言ってみるなら、こういうことかな。
「死ぬまで毎日働き続ければ一生遊んで暮らせる金が手に入りますよ」
こんなこと言うのは詐欺師だよね。

人間が小麦に家畜化されてるということを、ご丁寧に細かく説明してくれて、とてもわかりやすくて助かったけど、読んでてなんだか悲しくなってきて(苦笑)、その農業革命もそうだけど、その前の認知革命の説明と合わせて、「いっぺんサピエンスは地球上からごそっといなくなった方がいいんじゃないの?その方が世のため地球のため」なんて、思わずにはいられませんでした。
書かれてあることが身も蓋もなさすぎて、「なんてサピエンスは罪深いのだ~」って、さすがにサピエンスの一員としては落ち込みます。

ていうか、酷いのって動物を家畜化した人達だと思うんですけどね。
言ってはなんだけど、今はダメだけど昔の日本人はまだマシだったのではないかという気が。
家畜化した人達ってのは、ようするに肉食の牧畜民で、例えば羊飼いが宗教的に大事なユダヤ教とかキリスト教の人達。
以前読んだ「肉食の思想」をちょっと思い出しましたよ。
そういえばあの本も面白かったな。
あれにはなぜ肉食民が動物を一段下に見てるかが書かれています。

本作って過去に読んだ本がいくつか思い出される内容なんですよね。
今まで仕入れた知識がこの本でいろいろと総合的に合わさる感じがします。
例えば、虚構こそがサピエンスが他の種を圧倒できた理由、という説明には、先日読んだ「小説の森散策」を思い出さずにはいられませんでした。

虚構(神話や物語)がサピエンスを集団化させるというのは、なるほどその通りで、その集団というのは50人100人ではなく、200人500人レベルの集団。
集団で動けることがサピエンスの強みだということはよく知られてるけど、なぜ見ず知らずの他人と同じ意志・目的を持つことができるのかを考えたら、確かに同じ虚構を皆が信じてるからですよね。
神話しかり宗教しかりイデオロギーしかり。
で、それについても考えてると、だんだん鬱々とした気分になってくる(苦笑)。

「小説の森散策」でも出ていた、虚構と現実の境の危うさは、人間社会の根本的な問題で、今も人間のやってることは結局物語合戦という気がします。
中国・韓国の歴史戦はまさにそれ。
誰を崇め誰を貶めるかを決めるのは物語で、皆自分に都合のいい物語を世界に流布しようと必死。
彼らはえらく銅像が好きだけど、銅像は物語を具現化するのに最適なのでしょう。
どの物語を信じるかは個人の自由だけど、確信を持って信じるのはいいとして、流されるように信じ込まされることだけはないように、虚構ありきの人間社会だからこそ、まずは疑うということを大事にしたいものです。
特に声の大きな物語には。

にしても、サピエンス最大の強みである言語をサピエンスが発達させた理由が虚構、ようするに想像力とか妄想力だというのは、今でもイノベーションの大事さが盛んに言われてるところをみても、人間の力の源はまさにそれってことだと思うのですが、ではなぜネアンデルタール人などと比べてサピエンスだけ人類の中でも妄想たくましい種になったのか、そこのところはまだ完全にはわからないみたい。
目に見えるもの以外のことを想像するって、言われてみればすごい能力です。
地球上の他の動物からしてみたら異次元の悪魔だったろうなあ。

それ以外に(上)で気になったのは、国家主義は衰退してグローバル化がどんどん進むという話で、まあ、だんだん統一化されていくというのはわかります。
古今東西どれだけの民族が滅び、消えていった言語があるか、それを考えたらこれからだってその方向でサピエンスの世界は進むはずなのですが、結構この本はそれが簡単に進むように書かれてて、たとえば本書が発売されて以降に起こったブレグジットやカタルーニャ独立問題にはどう答えるのかなあと、ちょっと考えたりします。

そんな個々の問題が起こりつつも、世界は統一化されていくというのが、500年1000年単位でみた時の答えなのかもしれませんが、個人個人の感情を考えたら、それは茨の道です。
それこそ本書で言われてる、「個人の幸福とサピエンスという種の繁栄の一致しなささの問題」で、しかも種の繁栄が世のため地球のためになってるとは現状決して言えないというのが、とってもモヤモヤするところです。

かつてローマに支配されたイベリア半島のケルト民族の例が本書に出てて、彼らはローマの支配下にあることをよしとせず、町にこもってギリギリまで戦って抵抗して、最後には自ら火を放って滅亡することを選んだのだけど、後世のスペイン人はそんな彼らの気概をスペイン人の独立と勇気の象徴として称えているのだそうです。
今のスペイン人はローマの言語から派生したスペイン語を話す、ローマ市民の末裔みたいな人達なんですけどね。

そんな彼らが今度は現在のカタラン人の民族自決の精神を抑えつけようとしています。
別に独立を認めろとは言わないけど、もうちょっと穏便に対応すべきだったように思うし、強引に自治権を奪うとか、自立志向の強いカタラン人を逆上させるようなことを、次々にスペインはやっちゃっています。

「かつてカタラン人という民族がスペインにいてね、周りに吸収されて今はもうなくなったけど、最後まで独立精神を失わず圧力に対抗して、素晴らしい民族だったんだ。スペインの勇気の象徴だよ」
なーんてことが、いつかのローマとケルト民族のように、スペイン人に語られるのかもしれないな、1000年か2000年後かに。
サピエンス全史に書かれてる流れでいけば、そういうことになる。

ただの妄想なんですけどね。
そしてここまで妄想を働かせることができる私はとことんサピエンス。
サピエンスの業の深さを嘆くのも偽善かなと、これまたどうにもならない気持ちでいます。

なんなんでしょうね、サピエンスって。
というようなことを思わされた、「サピエンス全史(上)」でした。
いやあ、範囲が広すぎるわ、この本。




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by teri-kan | 2017-11-10 14:32 | | Comments(0)
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