「ハプスブルク・スペイン 黒い伝説」

副題は「帝国はなぜ憎まれるか」。
ジョゼフ・ペレス著、小林一宏訳、筑摩書房。

これはとても良い本。
スペイン史にとどまらずヨーロッパ史、いや、人間が紡ぎ出す歴史というものの本質を知ることができる、とても面白くて恐い本。

よく「歴史は勝者によって作られる」と言われますが、読んでるとそれは微妙に違うように思えてきます。
正しくは「敵を上手いこと貶めた者が歴史の勝者になる」。

スペインの見方が変わりました。
今までは一面的だったですねえ。
スペイン史は考えさせられることばかりで、「歴史を学べ」と一言で言われるけど、「歴史って恐ろしい」と、この本には心底思わされたです。







タイトルの「黒い伝説」とは、簡単に言うなら、スペインを貶めるためのプロパガンダのこと。
有名なところでは新大陸の原住民虐殺。
実際以上に酷いことをしたと宣伝したせいで、今でも多くの人が当時のスペイン人は際立って残酷といったイメージを抱きます。
カトリックの狂信者というイメージも。

この本を読んでるとスペインが気の毒になってくるというか、確かにスペインは原住民にとって悪魔でしかありませんでした。
酷いことをしたのは変わりない。
でもその役割を負うよう歴史に選ばれてしまった部分は考慮しなければいけないというか、少なくとも新大陸に関しては、いつかはヨーロッパのどこかの国が到達して原住民を殺し、意図せず抗体のない彼らに病原菌をばらまいて壊滅的状況に追いやったのです。
その役を引き受けたのが地理的にも近かったスペインだっただけで、少なくともイギリスやオランダがスペインを実際以上に悪しざまに言うのは、「うーん?」な気持ちにならざるをえません。

なにせイギリスからアメリカに植民した人達は、その後インディアンをスペインに負けないくらいに殺してる。
スペインが現地人を殺しまくったというなら、なぜスペイン語圏の南米では現在原住民の血を引く人達が多く残ってて、英語圏の北アメリカではごく少数しかいないのか。
スペインが残虐だというプロパガンダを英米が利用したことがこのことからも推測できます。
自分の悪事のカモフラージュですよね。
旧日本軍を批判しながら違法な海洋進出やチベット弾圧をやってる中国が、現在だと思い出されます。

このプロパガンダが生まれた理由は単純で、スペインの強大さを各国が羨み、妬んだからに他ならないのですが、そこのところで悲しい事情があって、アラブに支配されてたからってのもあるんだけど、スペインって実はもとから差別されてたのです。
よく言われる「ピレネーより南はアフリカ」ってのが典型です。
自分達と同じ仲間の欧州人とは思ってなくて、経済力をつけた彼らにうまいことやられてるのが、特にイタリアなんかは気に入らなくてしょうがない。
ボルジア家がやけに悪く言われてたのもスペイン(アラゴン)出身だからなんですね。

でもそれはまだいいんだ。
エラソーに振る舞うのがいけないんだし、力をつけてエラソーに振る舞うのは別にスペインだけじゃないし、それを恨むのも妬むのも自由。
問題はハプスブルグ家がスペインの王朝になったこと。
ハプスブルグ王朝がスペインの利益は顧みずハプスブルグ家の利益しか考えてなかったというのは、スペインにとってはあまりに不幸でした。
スペインの利益はないのに、ハプスブルグ家有利の政策の悪評がそのままスペインの悪評にスライドされてしまうなんて、こんなやりきれないことってあるでしょうか。
フランドルはスペインの苛烈な支配を受けて~って世界史で習うけど、スペインの支配じゃない、ハプルブルグの支配だ。
だってフランドルはもともとハプスブルグ家の領地なんだから。

オーストリアのハプスブルグ家と協力して家の繁栄だけを考え、支配地のフランドル人、あるいはカトリック関係かどうなのかイタリア人を政府に起用。
やってることが今のグローバル社会と変わらないというか、地元スペインの国土や民衆のためになることをやらず、馴染みの各国の支配階層だけでいい目を見ましょうって在り方が、なんかホントに今のグローバル主義者のエスタブリッシュメントと変わらない感じで、読んでてもう「なんかダメじゃんハプスブルグ家」って感じでした。

まあ、読んでると「ハプスブルグだけを責めてもしょうがない、ハプスブルグの王もプロパガンダの被害者だし、スペイン人だってダメだこりゃなところがたくさんあるし」ってことになるのですが、ハプスブルグとその次のブルボンによる支配は、スペインにとっては残念だったですね。
地元の事情を知らない、あるいは地元を考慮するつもりがない外国人に国の支配権を与えると、その負の遺産が後々何百年も彼らとは縁もゆかりもない国民にたたることになる。
フランコの独裁を肯定するつもりはないけど、ああいうのが出てきた背景には「なるほど」と思わされるものがあります。
いやあ、この本、いろいろ新たなことがわかって本当に面白いです。



著者は両親がスペイン人の、スペイン系フランス人という方です。
スペインだけの視点ではなく、フランスにとってスペインはどうだったかというのも詳しく書かれてて興味深いです。

いやほんと、読んでて「フランスってホントうまいこと立ち回ってんなあ」と感心させられた(苦笑)。
ナポレオン戦争後、なぜかフランスが評価を上げ、スペインが評価を下げるという、「え?」な状況になってるんですよね。
ナポレオンはフランスなのに。

上手く立ち回れなかったスペインには、同様にそういうのが上手くない日本人として心底同情します。
日本同様、誰よりもスペインを悪く言う人がスペイン国内にこそいるそうで、とても他人ごとには思えません。

今もってスペインに対する言われなき悪評が残っていることを訳者が最後に指摘していますが、アングロサクソン、ゲルマン系による世界の支配が今のまま続く限り、スペインの完全な名誉回復は難しいかもしれないと思います。
アメリカが国力を著しく低下させない限り、おそらく原爆投下の罪も永遠に認めないだろうことと同じで、歴史も国家の評価も勝者が決める。
敗者復活は今のままではほぼ不可能だと思います。

加えてヨーロッパの経済事情でも、南部のラテン国家は北部と比較して辛い立場に置かれてる。
スペインはホントにいろいろと苦しいだろうなと思います。
かつて覇権を握った代償と一言ですませるには、問題が複雑で根深すぎる。



まあ、とにかく、私達一般人としては、ステレオタイプな物事の見方をなるべくしないように気をつけるってことかな。
歴史を学ぶのはいいけど、歴史は一つだけじゃないってことを肝に銘じる。
声高な主張にこそ用心する。
スペインの歴史には考えさせられることたくさんでした。
本書は本当に勉強になりました。




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by teri-kan | 2018-01-17 12:40 | | Comments(0)
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