アルセーヌ・ルパンの普遍性
2018年 05月 21日
ジャック・ドゥルワール著、大友徳明訳、水声社。
先月発売された本で、まだ始めの方しか読んでないけど、さっそく「そうそう」と思うことが出てきたので、とりあえず忘れないうちに今のところの感想を書いておきます。
この本は目次が45項目もあり、「帽子」とか「乗り物」とか「政治」とか、それぞれについて詳しくルパンとその周辺を掘り下げる、といった形をとっているのだけど、しょっぱなの「ベル・エポック」(19世紀末~第一次世界大戦勃発)から面白かったです。
ルパンの活躍した時期が、主にベル・エポックと呼ばれる時代だということは有名ですが、執筆時期と同年代の話を書くのはわかるとして、ルブランは大戦後もベル・エポック期のルパンの活躍をたくさん書いています。
大戦後の話もいくつかありますが、それらは戦後の世相(狂乱の時代)を正しく反映させていません。
本書の著者によると、戦後社会を賑わせた大事件や政治状況、流行りの文化文芸といったものが、まるで感じ取れない内容になっているとのことです。
だから日本人は特にそうだと思うのですが、大戦前と後ではフランスを包む空気が違っているはずなのに、違いは読んでても気付けません。
そのせいでベル・エポック自体もいまいちよくわからないというか、「大体あの頃」というだけで、細かい年とかどうでもよくなってきます。
そしてルパンの活躍は年代に縛られない、それらを超越したものになっていく。
少なくとも私にとってはそうでした。
日本の作家が書いたルパン短編集「みんなの怪盗ルパン」の中に、ドレフュス事件を扱った作品があるのですが、その時のブログの感想でも書いたけど、あからさまにユダヤ人差別を取り扱うのはルパン物らしくないと、正直読んでて違和感を覚えました。
実際の事件を取り入れたことで、なんだかルパン物のはずなのにそうでなくなった感じがしたのですね。
現実の中にルパンが押し込められてしまった、そんな狭苦しい感じ。
私にとってルパンは、現実も超越した存在だったのです。
著者によると、ルパン作品に描かれている社会は、古き良きフランスを凝縮したものなのだそうです。
言われてみればその通りで、でもおかげでこちらにも読みやすいものになっている。
時代も国も問わない童話が「むかしむかしあるところに」を前提としてるのと近いかな?
背景がそうであるからこそ描かれる悪も普遍的なものですよね。
誰が読んでも理解と共感が得られるものになっている。
時代に制限されないのです。
これは三番目のテーマ、ルパンの恋愛について書かれていたことにも関係するのですが、本書にある通り、ルパンの恋愛はキスまでなんですよ。
「ルパンの性生活をわれわれはほとんど知らない」ってはっきり書かれると、妙にロマンが失われて残念な感じがするけど、確かにルパンは精力絶倫のはずなのに、著者の言う通りそんな描写は一切ナシ。
本書によると、それはルブランのせいではなく出版社の意向だとのことですが、そのおかげで現在も読まれるものになっているという指摘は、言われてみればそうかなと思います。
読者層を広げられますよね。
上品なご婦人が読んでも、いたいけな少年少女が読んでも大丈夫。
そして性のモラルは時代で変化するし、国によっても違うから、そういう余白があれば、どの時代にもどこの国にも対応できる。
それでもフランス人にとっては、「健康的すぎるだろう」といったところかもしれません。
でもポプラ社育ちの日本人にとってはちょうど良かった。
子供用の訳だけど、それでも原作とそこまで違ってませんからね。
というわけで、時代性の強い現実の事件をあまり取り入れず、精力的なフランス人男性の性生活事情も排除したおかげで、ルパンは今も昔も国と年齢を越えて愛される作品になっている、ということでいいのではと思います。
本書の著者はフランス人なので、時代と作品の関係性についてはさすがに説明が細かい。
「へええええ」なことがたくさんで、おかげでこれまで漠然と思っていたことがクリアになったり、ありがたいことでした。
まだまだ続きがあるので、何か気付いたことがあればまた書きたいですね。
この本はルパンファンはもちろん、フランスを好きな方にもオススメ。
ネットでは軒並み品切れ中だけど、大型書店の店頭にならまだあるんじゃないかと思います。
古き良きフランスは美しくも楽しいです。