「サラディナーサ」

河惣益巳の作品で初めて読んだのは「ツーリング・エクスプレス」。
とにかく面白く、あの内容の前には絵柄の問題など些細なことでしかなかった。
残念なことに後に内容も大いに問題になってしまうのだが、内容はまあともかくとして、この漫画家の一番の問題は、やはり絵が独特すぎて「食わず嫌い」の人が多いということだろう。
読んでしまえば面白いと思う作品も結構あるだけに少し気の毒だ。

ところで、河惣作品を好きでないという人でも「サラディナーサは良い」という意見は割とよく目にするのだが、その理由の一つは「物語の舞台があの派手な絵に合っているから」というものらしい。
私は「フェリペ2世下のスペイン」と「あの派手な絵」という組み合わせのあまりの濃さに本作をずっと敬遠していたので、つくづく人の好みはそれぞれだと思うのだが、今回初めて読んでみて「なるほど」と思わされるところも多かったので、ちょっと感想を書いてみる。

本作が河惣作品の中で最も一般的評価の高い作品の理由は、華やかさだけではもちろんなく、ドラマチックな展開だけでもなく、そういった作者の長所とは別の、他の要素のおかげだと思う。
なんといっても「サラディナーサ」には節度があるのだ。
河惣作品特有の性的表現の過激さとか、何をしても褒め称えられる常人離れした主人公の造形等、暴走しがちな彼女の嗜好が本作では常識の範囲内に収まっているのである。
おそらくそれは作品の背景によるところが大きい。16世紀スペインという時代的な縛りがある上、歴史上の評価が既に固まっているフェリペ2世の存在が作品中重要な位置を占めているからだ。

フェリペ2世は超メジャーな人物で、世界史に興味のある人間ならすぐに彼のイメージが思い浮かぶ。
スペインが最も隆盛を誇った時代の、欧州一の絶対的権力を握っていた王様。
そんな人物が物語上に重要な役割を持って存在するのだから、自然と他の登場人物はそれに振り回される形にならざるを得ない。主人公とて例外ではなく、しかしその縛りが結果的に彼らを魅力的にする大きな要因になっているのだ。
(完全無欠のディーン・リーガルが唯一不足していた愛を手に入れて更に完全になって以降、魅力激減してしまったのを考えるとわかりやすいと思う。)

「サラディナーサ」の主人公は、やはり河惣作品らしく超美貌の、神の如く才能豊かな人物なのだが、そんな傑出した主人公以上に強大な力を持つフェリペ2世がいるからこそ人物造形に嘘くささが感じられないのだと思う。

濃い主人公には更に濃い敵。

フェリペ2世を上手く配したからこそこの作品は成功したといっていいのではないだろうか。
本作においての敵役としての彼の存在は貴重の一言です。








個人的な好みを言えば、なんといってもレオン。非常にカッコいい。
作者は長髪の黒髪に何か思い入れがあるらしく、他の作品でもこの手のタイプは超魅力的な人物として描かれていることが多い。

その分レオン死後の物語はちょっと物足りなかったが、まあしょうがない。主人公を庇護する役目の人物が途中退場してしまうのはよくあることである。

ドン・ファンはいいキャラクターだった。惜しいと思うのはリカルドかな。ちょっといい人すぎ、純粋すぎ。
彼らもレオンももう少し他に恋愛したらどうだろうと思うのは余計なお世話だろうか。恋愛グダグダにならなかったのは結構なんだが、ちょっと色気に欠ける感は否めない。

でもそのおかげで他人にも薦められる作品になっているのでまあいいか。




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by teri-kan | 2008-11-26 14:47 | 漫画(河惣益巳) | Comments(9)
Commented by あかね at 2015-06-26 18:24 x
はじめまして。私なりのサラディナーサの感想を言わせていただきますと、まあ実にいらいらする漫画でしたね。まず肝心の主人公のサラディナーサの心理描写が少なく、最後まで何を考えているのか分かりませんでしたね。結局ドン・ファンを愛していたのかそうでなかったのか分からずじまいだったし、せっかくドン・ファンから素晴らしいドレスを贈ってもらって身にまとっても「こんな姿は本当の私じゃないわ」とか実にムカつきましたね。ヒロインが完全無欠過ぎて、時には失敗して苦悩するなんてことはまるでなかったし、レオンに対する愛情も度を超していて、あれじゃまるで自分の父親に精神的に近親相姦してたようなもんですよ。いつもレオン、レオンとしつこすぎました。それにこの作家は完全に青池保子をパクっていますね。ツーリング・エクスプレスもエロイカにそっくりなところがあるし、ドン・ファンに初めて注目した漫画家は青池保子で、ドン・ファンのエピソードを含めた画集まで出してましたし。おそらくこの作家は青池のあの画集を見たのでしょう。
この作家が結局、ベルサイユのバラ、あさきゆめみし、天上の虹、等の傑作歴史漫画を描けないのは才能が無さゆえなのが丸わかりです。
Commented by あかね at 2015-06-26 19:16 x
大変失礼ですが、追記させていただきます。青池保子もあまり良作の歴史漫画を残せませんでしたね。青池は大変歴史を勉強しているのだけれど、いざ歴史漫画を描くとやっぱり魅力ある主人公を描けていないと思います。特に歴史漫画「アルカサル」も主人公ドン・ペドロの女性に対する身勝手さが目に付きました。特に王妃ブランシュ姫に対する仕打ちは酷く、大嫌いな自分の母親に雰囲気が似ているからという馬鹿げた理由で城に幽閉しちゃいました。ブランシュはドン・ペドロの家臣を愛しますが、その家臣会いたさに罪を犯したあげく病死します。
しかしブランシュをそこまで追い詰めたのはドン・ペドロです。結局ドン・ペドロの価値観や考えに共感できませんでした。「アルカサル」が結局中途半端に連載が打ち切られてしまったのは読者から共感を得られなかったからでしょう。エロイカより愛を込めては文句なく面白いんですけどね。本格的に歴史漫画を書くことの難しさを感じました。ちなみに30年にわたって描かれてきた里中満知子の天上の虹がついに完結しましたね。持統天皇の生涯が見事に描かれた、大河ドラマに匹敵する歴史ドラマだったと思います。
Commented by teri-kan at 2015-06-27 16:03
あかね様、はじめまして。
コメントどうもありがとうございます。

「サラディナーサ」は他の河惣作品に比べてあまり読み返すことがなく、結構忘れてるところが多いのですが、読み返すことの少なかった理由に、仰られたことも関係あるような気はします。
主人公が何を考えているのかというのは大事ですよね。
オリジナルキャラだから感情描写はやりやすかったはずですが、そこが足りてないと言われてしまっては問題ですね。

「アルカサル」のドン・ペドロは残酷王と呼ばれていた人だし、もともと正義のヒーローにはなれない主人公ですから、ある程度割り切って読む必要はあるかもしれません。
個人的には現代の価値観で許される範囲で魅力的に描いたのではないかなあと思いますが。

そういえば「天上の虹」でも「持統天皇はこんなに良い人間ではない」という批判が作者の元に届いたといった話がありました。
歴史上の人物を題材にとるとこういう批判は出てくるものですが、結局問われるのはそれを描いて何を作品で訴えたいかということに尽きるので、その作者の思想や信条が大事ということになるのだと思います。

里中満智子は古代日本に対してご自分の主張をしっかり持っていらっしゃるので、それが「天上の虹」には出ているのでしょう。
今では古代がテーマのテレビ番組でホントよくお見かけするようになりました。
実は「天上の虹」は途中で止まっていたのですが、完結したのを機に残りを買い揃えようかと考えています。
ついでに最初から読み直したいのですが、長くなりそうですね(笑)。
でも完結して本当に良かったなと思います。
Commented by あかね at 2015-06-29 19:15 x
お返事ありがとうございます。テリカンさんの仰るとおりです。結局優れた歴史漫画を描けるかどうかは歴史に対して自分の主張、歴史観をしっかり持っているかどうかだと思います。「天上の虹」では私は決して持統天皇はいい人に描かれているとは思いません。時には大海の愛人に醜く嫉妬するし、実の甥を決して放免せず処刑しました。しかしやがて女帝となり、自分の政策が正しいのかと苦悩し、幻となって登場する父親の天智天皇に対して権力者としての苦悩、国家としてあるべき姿とは何か、政策遂行のためには時には非道なことをしなければならないと訴えたりしています。私はそこに一人の人間としての持統天皇として非常に共感しました。持統天皇の言葉の一つ一つにあの時代の価値観や作者の歴史観が込められていると思います。
それに比べれば「サラディナーサ」のなんと陳腐な漫画なこと。周囲の人間たちのヒロインアゲアゲは度を超していたし、サラディナーサやレオンの「自分を侮辱する者はたとえ神でも許さない!」のセリフには失笑しましたよ。うぬぼれもそこまで来るかって。そこには激動のルネサンス期を生きた人間の息吹は少しも感じられず、作者の高尚な歴史観などまるでありませんでした。明らかにただの勉強不足です。
「アルカサル」に関しては確かにおっしゃるとおりかもしれませんね。許容できる範囲内の漫画ではないかと再確認しております。
Commented by teri-kan at 2015-06-30 15:09
あかね様

容赦なさすぎて「サラディナーサ」が気の毒になってしまいますが(苦笑)、仰りたいことはわかります。確かにその通りだと思いますし。
でもまあ良くも悪くもあれが河惣節と言いますか、あれこそが特徴ではあるので、そこを面白がったり爽快に感じたりできる読者は、結構楽しく読めているのではと思います。

クセが強くてアクが強くて、確かに強烈ですよね、絵柄もストーリーも。
でもそのクセを臆面もなく発揮できるところは凄いと思うし、そのパワーとか情熱みたいなものには正直圧倒されます。
行き過ぎると恥ずかしいというのがないんですよね。
リミッターを外して、本能のままに主人公をアゲまくる。
その慎みのない情熱には頭を抱えそうになりますが、でもメラメラとした創作意欲だけは思いっきり伝わってきて、そこには素直に感服してしまうのですよ。
勢いに押されてるだけですが、勢いって大事なので、それを紙面に表現してるところはすごいと思っております。
というか、この人の長所ってそこですよね。

歴史漫画として紹介するのは確かに向いてないかもしれません。
歴史モノというにはあまりに個人の趣味と情熱に走りすぎているから。
歴史漫画だと思って読んでしまうと……確かにガッカリ感ハンパないかも。
これは歴史モノにあらず、河惣モノだと思う方がいいんでしょうね。
Commented by あかね at 2015-06-30 17:28 x
容赦なさ過ぎて本当にすみません(笑)。この「サラディナーサ」が花とゆめで連載されていた時ちょうど私は大学生で、その時期に塩野七生の「レパントの海戦」が出版され、いささかイタリアびいきが過ぎるかなと思ったけど、そのリアルな政治描写、戦闘描写に圧倒されましたから、全く同じ時期に河惣がレパントの海戦を中心とした漫画を描いていくみたいだったのでそれなりに期待していたのですよ。でも結局連載を読み終えたあとのガッカリ感は半端無かったですね。でも確かにあれは河惣ワールドとして割り切ればそれでいいのかもしれませんね。塩野七生と言えば今やイタリア歴史書の第一人者となっていますし、大変な研究家ですが、やはり気になっていたのはいささかイタリアびいきが過ぎて、特にこの人はカエサルが大好き過ぎてやや偏ってるな、と思っていたところへ、ヤマザキマリなる異色な漫画家が出てきて「テルマエロマエ」で面白すぎるギャグワールドを展開する一方で、きちんとハドリアヌス帝時代の風俗や文化を描けていてなかなか研究してるなと思っていたら、今度はプリニウスを主人公とした本格的な漫画を描きはじめて、古代ローマの番組ではむしろ完全に塩野七生を圧倒しての登場回数が多く、また的確に古代ローマの繁栄と滅亡の理由を論じていて、久しぶりに歴史漫画の大器が出てきたかなとこれからも楽しみにしているんです。
Commented by あかね at 2015-06-30 18:36 x
しつこい連投大変失礼いたします。話をぶり返して申し訳ないのですが(笑)、「サラディナーサ」の例の「自分を侮辱する者はたとえ神でも許さない!」ですが、あの当時のスペインに生まれ育った人間なら多少なりともキリスト教信仰を持っていてしかるべきです。あのマンガをうっかりスペイン人が読もうものならあのマンガ放り投げられると思いますよ(笑)。そういう時代考証無視がどうしてもあの漫画家を評価できない理由でもあるんです。ドン・ファン・デ・アウストリアにしても完全に史実を改竄しているし。実際のドン・ファンはいろんな女性との間に私生児をもうけており、あんなふうにサラディナーサ一筋の弱ったれ男ではなくて、女性関係に関してはかなりタフな男でしたよ(笑)。
Commented by teri-kan at 2015-07-01 16:12
あかね様、こんにちは。

そういった経過で「サラディナーサ」を読まれたのなら、確かに残念でしたね。
歴史漫画に対する期待値は読者によってかなりバラつきがあるし、自分に丁度良い漫画に当たればラッキーくらいに思っていた方がいいのかもしれませんね。
私はユルい歴史ファンなので、「まあいっか」って感じで読んでますが、例えば塩野七生を読破してる方ですと知識量もものすごいでしょうし、漫画を読んでて粗が目につくことも多いのだろうなあと思います。

サラディナーサの「神でも許さない!」は、まあ、それこそが河惣ワールドと言うしかないような気がします。
むしろスペインがガチガチのキリスト教国だからこそのセリフではないかと。
河惣漫画では主人公が絶対的な存在で、ほとんど主人公教が物語を支配しているといってもいいくらいですが、「当時のスペインの価値観VS主人公教」のせめぎ合いに似たようなものは、実は「ツーリング・エキスプレス」にも見られる現象で、「既存の社会の価値観VS河惣漫画の主人公の在り方」という対立は、案外この人の創作の基盤のようなものなのかもしれません。
ただ、それはどうしても矛盾を孕んでしまうものだから、読んでて「なんか変だよねえ」ということになってしまう。
その世界で受け入れられないものを主人公として登場させ無理矢理受け入れさせようとしているのだから、いろいろと難しいことが出てくるのは必至ですよね。

おそらく河惣さんはヨーロッパもヨーロッパの歴史自体もとても好きだけど、漫画で最も表現したいのはそれではなかったのかもしれません。
そういった分析は河惣作品を全部読んでる方がやった方がいいのでしょうが、とりあえずいくつか読んだ感じではそういう風に考えることもできるかなと思います。
歴史漫画とは、やっぱりちょっと違うと思いますね。
いろいろな面で読み手を選ぶ漫画家だと思います。
Commented by ゆい at 2017-09-20 11:47 x
今更ながらのコメント失礼します。

あかねさまの「スペイン人が読んでいたら」「あの時代のスペインに生まれていたら」は、ちょっと的外れかなと思います。フロンテーラは多民族一族で、宗教ではなく惣領が指揮する一族です。カトリックな概念なんかないですよ。
そもそも河惣さんはシシリアン・エクスプレスでイタリアマフィアの双子の姉弟近親相姦を遇えて描いています(柱コメントで書いてました)。タブーをタブーとしないキャラを描くのが好きなんだと思います。
……ま、皇女が下級貴族との間に儲けた娘を「皇族」とする方ですから…。研究資料ではなくエンターテイメントな漫画として軽く楽しむのがよろしいかと。
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