2012年 10月 12日 ( 1 )

「シルマリルの物語」その1

作者は「ロード・オブ・ザ・リング」(指輪物語)のトールキン。
映画にも描かれていたあの世界背景をガッツリと語っている物語です。

先日ネットで映画「王の帰還」の実況を見ていたら、今冬公開の映画「ホビットの冒険」は原作以外のお話も盛り込まれていると書かれてあって、予想以上に奥行きの深い映画になるのではないかと俄然期待が高まりました。
で、現在「シルマリルの物語」を再読中。
さすがに「シルマリル」ほど昔の話が映画に出てくるとは思えませんが、あの世界を支えているのはこの話ですしね、素晴らしい世界観をもう一度おさらいです。



映画の中つ国がどういう成り立ちを経てああなったのか、それを遥か昔、それこそ地球生成以前から語っているのがこの物語なのですが、出だしのところは非常に興味深いです。
指輪の持ち主サウロンの悪の源流というか根源というか、なぜあんなとんでもない悪があの世界にはそもそも存在するんだ?という疑問が、映画を見ていたら普通に起こるのではないかと思うんだけど、それについて詳しく書かれています。
ていうか、別に悪のことを書きたいわけじゃないけど、聖なる者達やエルフや人間の歴史を語ろうと思えば必然的に悪について書かなければいけないって感じで、いわばこの世界はずっとずっとその悪との戦いの歴史なんですね。
で、悪はいつ誕生したのかとなると、それはもう最初から、なのですが、絶対的な存在として最初からいたわけじゃなく、悪が生まれる過程というものはしっかりと描かれていて、その悪の生まれ方がね、なんていうか、非常に理解しやすいんですね。私達人間に理解しやすい。
人間に理解しやすいということは、人間にはその悪の要素が備わっているということで、実は中つ国の人間はエルフ同様唯一神の生み出したものなんだけど、であるならばそれを生み出した唯一神にもその要素があるということになって、そういえば例の悪は唯一神の作り出した聖なる者達の一人だったなあと、合点がいくわけです。

ようするに唯一神って善じゃないんですよね。
悪でもないけど完全な善じゃない。
いろんな要素を包えていて、神のくせになんでこんな不完全な世界しか作れなかったんだーって言っても無意味な存在。
この世が不完全ならば、唯一神も不完全なんだよ。

そんなこと考えてると、この世界って唯一神の道楽で作り上げたものなんじゃないかという気もしてくるわけで、そういう意識で「シルマリル」の創世神話部分を読むとなかなか面白い。
作りたい世界の設計図をもとに楽譜を起こして、無である場所でまだ自我のない聖なる者達にそれぞれの歌を歌わせる。聖なる者達は他者のパートと自分のパートの違いから他者と自己の違いを認識し、自分自身を徐々に確立させていく。しかしその過程で自分を目立たせたい、言われた通りではなく自分自身の歌を勝手に歌いたいという者が現れ、自分を誇示するため他者の邪魔をし始める。そしてそれはどんどんエスカレートして、邪魔することこそが彼の目的のようになっていく。
聖なる者達はその役割に従って地球を作り、大地を作り、海を整え、山や川を美しく仕上げ、いろいろな道具も生み出していくんだけど、悪はそれらを妬み、壊し、あるいは盗み、そうして破壊行動を繰り返していくうち、とうとう自分自身では何も生み出せなくなってしまう。

「シルマリルの物語」の、特に最初の部分は何気にモノづくりがテーマで、悪とはいえ元は聖なる者達の中でも力あるはずだった者が、結局自分自身では何も作り出せなくなるという堕落が描かれているんだけど、いやー、言うのもなんだけど、現実のいくつかのパクリ国家が自分達で何も生み出せない理由がよくわかるなあと、読んでて身に沁みましたね。

技術や文化を盗むことをよしとする人達ってモルゴスなんだよ。
盗む者には生み出せない。
盗む者は破壊者である。
これ、結構真理なのではなかろーか。



なんてことをつらつら思う「シルマリルの物語」。
ここに書いたことは物語の前半の中の前半って感じで、これからどんどんお話は進んでいきます。

書かれていることたくさんあるんですよね。
「指輪物語」の時代に行くまでまだまだ遠い道のりです。
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by teri-kan | 2012-10-12 11:06 | | Comments(0)