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気温上昇に伴い引きこもり終了

最近ネコが寝坊するのです。
冬の間は人間が起床したら、サッとコタツから出て、やれ「ストーブつけろ」「コタツをつけろ」とうるさかったのだけど、今はいつまでたっても「ぐーすかぴー」。
コタツの中のお気に入りベッドでガーガー寝てます。

その代わり夜中に活動をする。
冬の間は0時を過ぎたら、最後の夜食を食べて「じゃ、おやすみ!」とばかりにさっさとコタツに戻っていたけど、今はコタツの外でずっとダラダラしてる。
うちのネコ、自力でコタツ布団にもぐれない人なので、いつも人間がわざわざコタツ布団をめくって中に入れてあげてるんだけど、最近は寝る前にコタツに入れても、すぐに楽しげにむくっと外に出てくる。
で、年のくせに暴れて遊ぶ。

かわいいんだけどね。
でもこっちも寝ないといけないので、無理矢理またコタツに押し込めてます(笑)。

コタツに火を入れなくても、コタツ布団はネコのためにまだ掛けてあるのですが、夜はともかく日中はほとんど中に入らなくなって、陽のあたる場所&人間の膝を求めてウロウロしています。
こういうの見てたら「あー暖かくなったんだなー」と実感します。
冬よりもネコの姿が見れるようになって楽しいし、いい季節になりました。
コタツに籠もるネコもかわいいけど、やっぱり活動するネコですよねえ。




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by teri-kan | 2015-04-30 11:46 | その他 | Comments(0)

ネパール大地震

人命救助に必要な時間が少なくなっていくことに焦りを感じます。
地形の問題や標高の高さ、諸々の悪条件が救助活動を困難にしているとのことです。
完全に崩れきった建造物の中からでも、なんとか助け出そうと努力する方々がテレビに映っていましたが、画面で見るだけでも絶望的で、ちょっと言葉がないです。

あの辺の大地震というと、中国はもちろんのことイラクやパキスタンでよく起こる印象がありましたが、ヒマラヤ山脈のお膝元ですからね、当然ネパールで起こったって全くおかしくなかったのでした。
でも歴史的な建造物が壊れたというくらいだから、今回の地震はこれまでのと比べても大きかったのでしょうか。
観光客も多かっただろうし、運の悪いことにエベレストは登山シーズンだったし、テレビで映らないカトマンズ以外の町や村などの詳しい被害が判明するのはきっと先のことだろうし、今現在の救出ももちろんだけど、今後のことを考えると非常に重い気持ちになります。
ネパール、国として大丈夫なんだろうか。

ニュースによるとインドと中国の支援合戦が行われているようで、そんなことでもネパールのためになるなら良いことなのかなと思うけど、大国の狭間でネパール国民が余計にしんどい思いをすることがないようにと思いますね。

とにかく、今のことを考えても先のことを考えても重い気分にしかならないのですが、まずは瓦礫の下から一人でも多くの方が救出されるように、エベレストに取り残されている方々が一刻も早く安全な場所に移動できるように、願っていたいと思います。
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by teri-kan | 2015-04-27 17:08 | その他 | Comments(0)

ナイスバディの作り方

ちょっと古い話題なんだけど、浅田舞が林真理子との対談で、「15kg太って胸がついた」と語っていたのを読んで、芸能人だかタレントだか誰だったか忘れたけど、やはり胸の大きかったナイスバディな女性が、昔テレビで同じようなことを話していたのをふと思い出しました。

10年か20年前くらいのことだけど、「20kg太って胸をつけた」と語っていたんですよね。
そんなの初めて聞いたものだから随分驚きました。
その人、確か故意に20kg太ったんですよ。
人間は部分痩せはできるけど、つけたいところだけ都合よく肉をつけることは出来ないから、まず全体を太らせて、後から痩せたい箇所だけ肉を落とすやり方でないとダメだって。
で、確かそれは十代のうちにやらなければいけないんです。
その人は16歳か18歳か、そのくらいの時にやったんじゃなかったかな。
肥満化して伸びきった皮膚を綺麗に縮めるためには若いうちじゃないといけないから、体が作られる十代後半という時期にやらなきゃいけないとか、なんかそんな話だったと思います。

「凄いな~」と当時は感心したものだけど、でも「20kgも故意に太るなんて無理だよ」って感じで、その人がすごかっただけ、普通はそんなのムリムリ~ってずっと思ってたんですね。
でも今回の浅田舞も同じでしたからねえ。
結構この方法はやりやすく、その上効くんですね。

故意に太るというのは非常に大きなハードルだけど、まあ十代後半って、何もしなけりゃ普通の女の子はまず太るものなので、18~19歳くらいまでは自然にまかせて、太るなら太るままにした方がいいのかもしれませんね。
で、20歳をめどに健康的に部分痩せ体操(笑)をする。
これは自分の経験だけど、この頃に作った体は、確かにその後の自分の基本になります。
この頃太りにくい体作りができたなら、その後の体重&体型コントロールは割と楽なんじゃないですかね。

で、20kg太って胸をつけた人の話を思い出したのはいいんだけど、あまりに「20kg」のインパクトが強すぎて、肝心の痩せ方の方法を全く覚えていないのが我ながらどうよって感じでした。
浅田舞の話もそうなんだけど、太って胸がついたのはいいとして、どういう風に胸だけ残して痩せていったのか、そこがものすごく曖昧なんですよね。
雑誌を読めば載ってたのかなあ。ネットの抜粋記事だけ見たのがいけなかったのか。
まあ今更そんなことどうでもいいのですが、とにかく、「激太りして胸をつける → 痩せて胸を残す」というやり方は有効らしいということで、トライしたい方は是非やってみたらよいのではないかと思います。
十代のうちに。
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by teri-kan | 2015-04-23 14:35 | その他 | Comments(0)

広島空港

ゴールデンウィーク前になんてことしてくれたんだアシアナ!

という気持ちでいっぱいのアシアナ航空の事故。
知れば知るほど「よく怪我人だけですんだな」という事故内容で、一歩間違えれば山ごと大炎上していたところでした。
乗客は不運でしたが、怪我だけですんで本当に良かった。
でも空港とその周辺の損害はただ事ではない……。

事故機の機長、今どこで何をしてるんですかねえ。
気になって調べてみたら、なんか変な話ばかりがネット上に転がってて、うーん、どうよ、これって感じ。
アシアナが信用ならん航空会社なのはサンフランシスコの事故でも明らかなのですが、こうも同じようなのが続いて、しかも機長の技量と責任感がやっぱり怪しいとなると、もう関わり合いたくないと言うしかありません。
とにかく、機長の聞き取り調査を一刻も早く行って、事故原因の究明と、空港の完全復旧を全速で成し得るよう頑張ってもらいたいです。

で、ニュース等で言われている通り、確かに広島空港は山の中にあって霧が出やすいのですが、海岸にある空港と比べて霧の程度ってどのくらいひどいんですかね?
広島空港が開港して20年以上たつけど、これまで事故とは無縁の空港だったんで、こちらとしては今更ながら「え?そんなに難しい空港だったの?」という感覚なのです。
難しい空港と言われると、例えば香港とか、ああいうのを想像してたんで、まさかそこまで広島が難しいとは思ってもいませんでした。
まあ確かに夜は周りが山ばかりなんで、とてつもなく暗いというのはありますが。
そういうので見えにくいと言われれば、まあそうかもしれませんね。
「でもパイロットはプロなんだしさ」と素人は考えるわけで、今まで無事故の空港だったのにいきなり「天候がー」「空港自体の場所がー」とか言われても、「うーん、そういう問題か?」ってなってしまうんですよねえ。

とはいえ、変わってる場所にあるなあとは思います。
山の上を飛んでると思ってたら、いきなり着地しますからね。
このいきなり感には慣れてても驚く時があります。
眼下に山を見て、平地を見て、ゆるゆる地上に降りていくという感じではないから。
海の上に埋め立てられた空港に着地するのとは確かに違いますね。

でも山の上には山の上の良いところもあったりするのです。
ネットで見かけた意見だけど、離陸直後に既に高度330mというのは、とても良いことなのです。
この空港の立地にはアクセスの問題でいろいろ揉めてきたし今も揉めてるんで、不満点や問題点の方が多い印象だったんだけど、少なくとも燃料節約になっているのなら、人に優しくなくても資源と地球には優しい空港と言えるのかもしれません。
効果がどの程度あるのかは全くわからないけど。

とまあ、事故が起こったせいでいろいろ考えたりしていますが、まずは事故原因の究明と再発防止の対策と空港の早期完全復旧をなんとかしてもらいたいと思います。
とにかく機長ですよ機長。
本当に、今一体どこで何を?
ネットで噂されてるような物騒なことは御免なんで、早くまともに事情聴取して下さい。
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by teri-kan | 2015-04-17 16:47 | その他 | Comments(0)

粛々と

話題の「粛々」。

「上から目線」と言われたということで、官房長官は今後使わないことを決めたそうですが、「粛々」という言葉自体に「上から目線」成分があるわけではなく、地位が上位にある人が使うからそうなってしまうというのが多分正しいと思うので、今後使わないからどうなるってことでもないような気がします。

政治家が多用する言葉って、言葉本人にしてみれば結構不憫ですよね。
政治家言葉で真っ先に思い浮かぶのは「遺憾」だけど、抗議すべきことにも謝るべきことにも「遺憾」を用いるという、政治家にとって超使い勝手の良い言葉になっているため、一般人にしてみれば嫌悪の対象にもなってるという不憫さです。

まあ今ではそういうのにも慣れてきましたが。
年食ってくると言葉の裏にある政治家の思惑なんかも少しは察することができるようになるので、表面上の文言だけを捉えて脊髄反射的に腹を立てることは減ってきますね。
でも「粛々」は、言葉にとってはちょっと気の毒かも。

「粛々と」は、静かに黙々淡々と、という感じでしょうか。
「粛」の意味を見ると「静まり返っているさま」「つつしみかしこまるさま」とあるので、それが二つ並ぶとなると、いっそう静かに、いっそう畏まって、厳かに、といった意味合いになるのでしょう。
それだけを考えれば、「これのどこが上から目線?」となるのだけど、現実に「上から目線」と言っているということは、「自分が下にされてる」と思ってるということで、平たく言ってしまえば「バカにされてる」「ないがしろにされてる」と感じさせられているってことですよね。

多分「粛々と」の「粛」が言葉としてかなり強いからなんだろうなあと思うんだけど、厳粛、静粛、粛清といったように、「粛」には問答無用の静けさを強いるような雰囲気があって、国のトップにある政治家がこの文字を使うと、なんとなく触れられない感じになっちゃうんですよね。
「うるさく騒いでも聞かないよ、静かにやるんだから」とバッサリ断ち切られるというか。
きっとその辺が「上から目線」なんじゃないかなあ。
「粛々と」の裏には「意見受け付けません」というのが、なんとなく感じられるというのが。

そういうのとは別に、「上から目線」の理由に、もしかしたらこれもなるかなあと思うのが、「しゅくしゅく」という音(おん)。
これはもう、なんとなくだけど。
「しゅくしゅく」という音は、もしかしたら「バカにしてーっ!」という怒りを呼び起こすのかもしれないなと、ちょっとだけ思わないでもありません。

ちょっとだけですが。

どちらにしろ沖縄の問題はそういうレベルの問題ではないので、言葉についてはそこそこで終わらせてもらいたいなあと思います。
言葉狩りのようなことになってしまっては絶対いけません。




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by teri-kan | 2015-04-08 17:29 | その他 | Comments(0)

春のお彼岸

うぐいすの 声にいやされ 墓そうじ

お彼岸っぽい句を作ってみました。
この土日は良いお天気で絶好の行楽日和&墓参り日和でしたね。

墓そうじとは、ようするに雑草取りのことですが、はびこった雑草にヒーヒー言ってたところに「ホー、ホケキョ!」が聞こえてきて、なんだかとてもほんわかしたのでした。
山の中腹にある墓地なので、うぐいすの声も近いんですよね。
で、既に上手なのです。きちんとホーホケキョ。
春まだ浅い頃は鳴き方が下手くそなものですが、この日のうぐいすは綺麗に鳴いてました。

梅ももう盛りは過ぎたとはいえまだ満開だったし、いやー、この時期はいいですよねー。
車で遠出をするのにホント良いです。
いろんな花が咲いてるし、山の色も変わってきてるし。
春が来たなーって感じです。

「山笑う」とか「桃始めて笑う」とか、春が来てることを表す古い言葉っていろいろあるけど、ホントにその情景を上手く言い表してるなあと、こういう時期になると実感します。
それを見て人がどう感じるか、人間の感性まで表していて、言葉って面白い。
そういう繊細な言葉を上手く使いこなせれば、俳句とかもスラスラと作れるんでしょうけどねえ。

というわけで、春のお彼岸のお墓参りは結構楽しいかな。
気候が良いだけでなく、いろいろと楽しい。
空気が悪いのがナンですが、春霞と思えばまあいいか。
うぐいすに梅、春霞。
んー、なんだか花札ですね。



(追記)
うぐいすに いやされ墓の 草むしり
後から思いついたんだけど、こっちの方がいいような気が。
泥臭く雑草と戦ってる感が正しく表現されてるような。
まあどっちでもいいんですけどね。
ちなみに俳句はド素人です。




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by teri-kan | 2015-03-23 15:56 | その他 | Comments(0)

4年目の3.11

震災直後の感情の高ぶりは、もうかなり落ち着いているという感じでしょうか。
むしろ復興はここからが本番のような気がします。
気力がわかずに今まで何もできなかったという被災者も、無理矢理でも足を前に踏み出さなければならないこともあるでしょう。
それはそれで辛いだろうと想像しますね。
気力がわかないまま何もせずに亡くなっていくというのも辛いですが。

前と同じに決して戻れないというのは苦しいです。
津波の被害者も原発の被害者も、まだその被害は継続中だということを、忘れずにいたいものです。

今年は戦後70年ということで、東京大空襲も70年、広島長崎の原爆投下も70年。
阪神淡路大震災も20年の区切りの年なんですね。だから地下鉄サリン事件も20年。
こういう区切りの出来事をテレビでよく報道しているので、今年は特に記憶の継承について考えさせられます。
どれだけ意識を高く持ち続けられるか。
言うのは簡単だけど、どれも難しいものだよなあと、自分の生活を振り返ってみて思うばかりです。

とにかく今日は祈りの日。
津波で亡くなった方、その後の過酷な生活で亡くなった方(この1年で亡くなった方もいるでしょう)、そういった方々の鎮魂の日ですね。
安らかに眠っていただきたいです。
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by teri-kan | 2015-03-11 16:05 | その他 | Comments(0)

表現の自由の説明の疑問

守り人シリーズを楽しんでいる間に、世間ではいろいろなことがありました。
その中で一つ、ずっとモヤモヤしている件について、ちょっと吐き出しておきます。
ものすごく素人っぽい話ですが、シャルリエブドの反論について感じたことです。



例の風刺画の件で、怒ったイスラム教徒に対してシャルリエブド側が、「イスラム教だけでなくキリスト教も風刺している」と答えてたんだけど、これに違和感ありまくりなんですよね。
シャルリエブドのやったことは、例えて言うなら、「俺の親父はろくでなしのバカだ」と言ってたC君が、I君をつかまえて「お前の親父はバカだ」と侮辱したようなものです。
そりゃI君は怒りますよ。
でもそんなI君に対してC君は、「俺はお前の親父だけでなく自分の親父も侮辱している」って正当化したのです。
おいおいちょっと待ってよと、こちらとしては思わずにいられません。

自分の父親に対しては、育ててくれた過程で子供本人にしかわからない鬱屈も出てくるだろうし、親子ならではの言い争いも起こって当然だけど、他人の父親を外側だけ見て侮辱するなんてありえないです。
どれだけ侮辱に値すると思っていても、その父親を尊敬している子供がいるなら、彼らに対する配慮は必要でしょう。
父親と宗教を一緒にするなと言われるかもしれないけど、根っこの部分は似ているし、むしろそういった人間的感情を無視するから諍いが起きるんじゃないですかね。
人間の本性や本能的な感情を無視して机上の空論のような理想を語っているだけでは、対立は深まるばかりではないかと思います。

フランスが権威と権力に対抗して、戦いの末に手に入れた自由を重宝する気持ちはわかるのです。戦った自分達を誇りに思うのもわかる。
でも一日本人として先ほどの親父の例をとってみるなら、「そんなに厳しかったなんて大変だねえ。親父さんを殺さなきゃやってけなかったなんてどんだけ? うちのお父さんはユルくてヨカッター」くらいのものなのです。
I君にしてみれば、「俺は親父と上手くいってんだよ、親父の言うこと聞いてるのが俺には合ってんだよ」ってところでしょうか。
厳しいお父さんに抑えつけられて、自由が欲しいーっ!!って爆発したC君とは、育ってきた環境も家庭状況も何もかも違うのです。
その「何もかも違う人達がこの世にはいる」ってことが、このC君、もといシャルリエブド側の人達はわかってないんじゃないかということが、モヤモヤ感として残るんですよねえ。

日本人にとってもフランスで勝ち取った自由はありがたく、大変お世話になっているものなので、あまり批判めいたことは言いたくないし、むしろ言えない雰囲気すらあるようですが、もうちょっとその傲慢なところをどうにかしてもらえないかなあと、この件では思います。

ていうか、なんでこんなに極端なんだろうと思いますね、キリスト教圏の方々は。
さんざん抑圧されて、とても息苦しかったから、血を流して戦って自由を手に入れた。そうなるや自由を極端に謳歌して、なんでもかんでも自由、ちょっと反論したら自由の侵害!って叫んで、そうしてるうちにフランス式自由に「ちょっとおかしくないかな?」と思う人達が抑圧され息苦しいと感じ始める。
次はそういう人達が自由を批判するための自由を得るために血を流すのか?
どうにかならないものかって感じです。

新聞っていまや権力ですからね。
もうちょっと発信の仕方には配慮をするべきだと思います。
特に一面にデカデカと絵を載せたら見ない自由を行使できない。
あれは一度視界に入ってしまったらお終いですからね。

高圧的な宗教に苦しみ、人をたくさん殺して自由を手に入れた歴史以外の歴史を持つ民族がいることを、もうちょっと理解してもらいたいものです。
そういう人達をバカにすることもやめてもらって、その上で表現の自由を謳うなら、いくらかは対立が和らぐのではないかと思います。
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by teri-kan | 2015-02-25 12:01 | その他 | Comments(0)

自由の氾濫

今年に入ってからいろいろな「自由」がメディアで騒がれました。

最初はサザンの桑田ですかねえ。
思想信条をコンサートで主張する自由。紫綬褒章をぞんざいに扱いオークションネタで茶化す自由。
それはまあ日本国内でなんとかなる問題にしても、それ以後はシャレにならない自由ばかりでした。

宗教を侮辱した絵を描いてもよい自由。信仰を侮辱されたら人を殺してもよい自由。
郷に入っては郷に従えなど関係なしに移民先で好き勝手生活する自由。
多文化共生を掲げながら区別と差別をする自由。
行くなと言われている地域に入る自由。無害の外国人を人質にする自由。
人質が危険な状況にあることすら政権批判に利用する自由。
テロリストに同調するかのような発言をしてもよい自由。
人質救出を訴える記者会見で反原発・地球環境保護を訴える自由。
残忍な方法で殺害し、その映像を世界中にばらまく自由。
サッカー観戦していた少年達を殺す自由。
自分の意に従わないだけで公開処刑をする自由。

自由が氾濫しすぎて、頭の中がぐるぐるです。
皆好き勝手しすぎだろう。
イスラム国、もといISILは論外だ。
でも他の人達だって少しは節度というものがないのか。
だから自己責任が云々なんて話になるんだ。
別にシリアに入るのだけが自己責任じゃない。
これだけ自由があふれてるから何にでも自己責任が問われるだけで。
だから殺されても仕方ないとかそういう話じゃなくて、とにかく、なんていうか、もう、自由って一体なんなんだ!ってことですよ。
皆が自由に好き勝手振る舞えば、そりゃどこかで何かとぶつかって、それが取り返しのつかないことになってしまうなんて、普通にあるに決まってるでしょう。
なんだって皆そんなに自由気ままなんだろうか。

だから自由を最大限拡大解釈して振る舞っているISILは、全方位に喧嘩売ってる最低最悪な集団です。
特に現地の普通のムスリムの方達は気の毒極まりない。
同朋をあれだけ殺しておいて、それでイスラムの教えだのなんだの何を言ってるんだかって感じだし、各国のイスラム教指導者はこの状況をどう考えているのか、ちょっと教えてもらいたいですよ。

あまりうかつなことは言えないけど、イスラム教って宗教として考えた時にどうなんでしょうか。
人間に自由を与えたら欲望のままに自由が氾濫して収集つかなくなるのは決まりきってて、それをコントロールするための宗教の発生だったはずですよね、最初は。
古代人がタブーや禁忌と言われるものを作ったのは、人間の自由気ままを制限して、社会的安定を求めたからですよね? 
当たり前だけど、殺したい放題盗みたい放題の社会じゃ人間は生き残っていけないわけで。
そのためにどんな形式であれ宗教は絶対的に必要で。

で、ISILはその縛りを完全になくして、最も原始的なタブーからも自由になって、人を殺しまくってるわけですよ。特にイスラム教徒を、イスラム教の名のもとに。
ムスリムのほとんどの方はISILの蛮行を「イスラムの教えに反している」と仰るけれど、イスラム教の教えに凝り固まった人間が、行き着くところまでいけば宗教を飛び越えてタブーなしの原始人に戻るというのが、もう、理解の範囲を超えていて呆然とする。
ただのテロリストで宗教は関係ないとか言われるけど、あるいはイスラム教は利用されてるだけって言われるけど、イスラムの戒律を守ってないからイスラム教徒を殺すという図式に、イスラム教は無関係ですと言っていいものなのかどうなのか、申し訳ないが判断がつかない。
個人個人のムスリムには、必要なものだとは思うけれども。
宗教はやはり心を救ってくれるものだから。



湯川さんと後藤さんが殺されたショックから私もまだ抜け出せてないので、なんだか書いてることが支離滅裂ですが、彼の地がなんとか少しでも良い方向に向かっていってほしいと切に願います。
時間がかかってもISILは壊滅へ。
そしていつかイラクやシリアが再建される時、難民となっている人々が無事に故郷へ戻れるよう、日本には支援を続けてもらいたいと思います。
それが日本のためにもなるはずだと思います。

お二人は本当にお気の毒でした。
心からご冥福をお祈りします。
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by teri-kan | 2015-02-02 17:02 | その他 | Comments(0)

年末のご挨拶

今年もありがとうございました。
文章を書くことの難しさを改めて感じさせられた年でしたが、なんとか無事に続けることができました。
訪れて下さった方々には感謝です。

皆様よいお年を。
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by teri-kan | 2014-12-31 00:40 | その他 | Comments(0)