カテゴリ:本( 135 )

伝説いろいろネールの塔

前回の続きになります。

参考にしたのはギー・ブルトンの「フランスの歴史をつくった女たち」第一巻。
物事は人の感情(愛)で動かされる、というのをテーマにしている歴史書なので、かなり詳しいんだけど一部物語風で、多分にフィクションも入ってるな、と思わされる本。
でも信憑性はありそうだ、といった本。

フランスがアムールの国だということを念頭に置いて読むべきで、ネールの塔の伝説についても、その視点での見方になります。
夜な夜な若者と情事にふけって殺してポイッ、をしていた王妃様はどの時代の誰だったか、というところから、なんかもう「へええええ~~」。

というわけで、ネールの塔にまつわる伝説は、まずは次のようなお話から始まるのでした。(私風にアレンジした文体でまとめています。)





皆色と欲の話が好きなんですよね
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by teri-kan | 2017-10-04 16:19 | | Comments(0)

おどろおどろしいネールの塔

デュマの作品には小説の他、戯曲がいくつかあります。
彼はもともと劇作家で、名を売ったのも戯曲からでした。
その中に1832年発表の「ネールの塔」があるのですが、このネールの塔というのがすごいので、それについて今回は書いてみたいと思います。

場所としてはパリ6区、セーヌ川沿いの、現在フランス学士院があるところ。
1380年の地図でいうと、シテ島から下にちょっと進んだところに、セーヌ川に鎖を渡してる箇所がありますが、鎖がつながれてる右側の塔がネールの塔になります。(スクロールして大きくして下さい。)
ちなみになぜ地図が1380年のものかというと、この事件が1312~14年に起こっているので、近い年代の地図の方が雰囲気がわかりやすいかなと思って。

おどろおどろしい伝説こそドラマになる、ということだとしても、ネールの塔は本当におどろおどろしいのです……。





皆おどろおどろしい話が好きなんですよね
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by teri-kan | 2017-10-02 16:26 | | Comments(0)

「100分de名著」と、こないだのドイツの総選挙

「全体主義の起原」、先日の第4回目で終了しました。
最後はアイヒマンをとりあげてましたけど、うーん、アイヒマンが徹底して「法に従っただけ」と言ってるのには、恐れながら「うん、まあ、そうですね」と、とりあえず納得するしかないような。
だからといってそれでいいってわけではないんだけど。

ああいう場合の時、個人ってどうすればいいんでしょうね。
もちろん個人でも抵抗した人はいるので、アイヒマンの鈍化された人間性が問題なのだけど、でも別にアイヒマンが他と比べて特別心がない人間ってわけでもないでしょうしね。
せめて無能だったらよかったんだろうけど、それを問題にするのは違うし。

時代と、社会と、彼の官僚的有能さと、おそらく感受性の乏しい人間性と、諸々の条件がピッタリはまっちゃった恐ろしさというのはあるけど、じゃああの場合どうすればいいのかなあ。
「法に従っただけ」というのは、多くのナチス党員、ドイツ人の本音であったような気がします。

アイヒマンは特殊な人間だったからだ、と簡単には思いきれなくて、ちょっと有能な人間があの立場に置かれたらあのようになる人はたくさんいるだろうと思えて、だからああいう社会になってしまったらもう「人間は政治に対して敏感にならなければいけません」と教訓をたれても多分無駄で、ああいう状況になる前になんとかしなければ、ということしかないような気がします。

個人の良心と理性に期待するのは無理な気がするんですよね。
いざとなった場合、自分の命をかえりみず良心に従って行動できるほど、大多数の人間は強くないです。
目の前に能力を生かせる儲かる仕事があれば、しかも闇の仕事ではなく政府の仕事なら、「誰かがこれで不幸になってる」と心のどこかで思いつつも、家族のために粛々とそれに頑張ってしまうというのは、人間として普通に起こりえます。
現在の日本でも「お役所仕事」という言い方がありますが、「規則だから」の一言で苦しんでる人をほったらかしとか、普通にあります。
社会生活を営むために組織は必要だけど、でも組織とはそういうものである、という認識をまず持つことが、とりあえず必要なんでしょうねえ。

結局組織と個人の関わり方の問題ということになるのでしょうが、組織やら国家やらが人間にとって必要であるならば、人間は弱く、流されやすく、無感情に淡々と日々をこなすだけの、恐ろしいほど無機質的な存在になりえるのだ、という前提に立った社会にするしかないでしょう。
そもそもなぜナチスが生まれたかというと、莫大な賠償金による困難な国民生活に原因があったわけだし、そういった苦境に国民を置かないということが、そもそも大事ってことになるのではないかなあ。
個人の良心だけに期待するようじゃ全然駄目っていうか。

まあそれが難しいから問題が起こるわけで、このままでは自分達の生活がヤバくなると現在でも思ってるドイツ人がいるからこそ、先日の総選挙で極右といわれてる政党が第三党まで躍進するわけであって、ようするに国家として排外思想を助長させたくなければ、個々の良心に訴えかけるよりも個々の不安を取り除く方が先決なわけで、不安を取り除くことができなければ、もちろんホロコーストまではいかないにしても、厳しいことが起こる可能性は今後もあるのかもしれません。

経済がダメだと人心が荒むナチス前の反省からかどうか、「EUで独り勝ち」と文句を言われても自国の経済発展に邁進するというのは、多分ドイツにとっては正しいのだと思います。
でも移民・難民を第二のユダヤ人にしないためには、すべきことがまだあるのではないかと思ったりします。
理性と良心を国から試験されてるようなドイツ国民、って感じが、今はしますもんねえ。
「もうこれ以上難民は無理だ」と言ってる人達をナチ呼ばわりする社会ですから。
今度は「そんな良心のない人間は出ていけ」になるのかな?
それは人種で区別してるわけではないからOKになるのだろうか。
難民を受け入れるか受け入れないかの是非が問題なのではなく、大事なのは「不安を減らす」、これ一点だけだと思うのですけどね。

ドイツの将来に不安を抱える人達がこれから増えるのか減るのか。
「ナチスを生み出した反省」と一言で言うけど、難しいですね。
反省って、ナチス的なものが出てきた時に叩きつぶすってのもあるけど、そもそもナチス的なものを生み出さない社会作りが大事じゃないの?と思ってて、デスクワークで個々の町の事情を考慮に入れずに、住民のほとんどが高齢者という地方の小さな町に大勢の難民を受け入れさせて失敗したとかいう話を読んだりすると、「ほんとに反省してるのかいな?」って正直思ったりします。

番組の最後で「複数性に耐える」と出てきたけど、政府の難民対策に反対して極右政党に投票した人達を、他のドイツ人はドイツの中の複数性として認めてるのかどうか、ここは真面目に気になるなあ。
日本も総選挙があるけど、こっちは野党がわけわからんことになってるし、「複数性に耐えよう」と言われても、複数の内訳すらどうなっているのやら。

いよいよ難しい時代になってまいりました。




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by teri-kan | 2017-09-29 12:00 | | Comments(0)

「モンソローの奥方」その2

アレクサンドル・デュマ著、日本図書刊行会。
予定外に長くなった感想の続きです。





三アンリの戦いの時代の人々
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by teri-kan | 2017-09-27 16:11 | | Comments(0)

「モンソローの奥方」その1

アレクサンドル・デュマ著、日本図書刊行会。

時は聖バルテルミーの虐殺から6年後?の、アンリ3世の御世。
カトリックとユグノーの争いが続く中、一人の女性をめぐる男達の愛と執念が、政治情勢まで動かしていく……といったお話。
いかにもデュマ!な、ロマンあふれる歴史小説です。

いろいろといろいろあるお話なので、感想はネタバレ盛大です。
核心部分も大バレですので、今後読む予定のある方はご注意下さい。





勇者ビュッシー・ダンボワーズ
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by teri-kan | 2017-09-25 14:21 | | Comments(0)

「小説の森散策」

ウンベルト・エーコ著、岩波文庫。
先日、一部分だけ取り上げましたが、今回は全部を読んでの感想。

読んだといっても、いやー、難しかったです。
面白かったけど、正直言って一部よくわからなかったところも。
訳者の解説に助けられたところ、多かった(苦笑)。





More
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by teri-kan | 2017-08-30 10:28 | | Comments(0)

「セルヴァンドーニ街の奇怪な事件」

コメント欄でお薦めいただいたウンベルト・エーコの「小説の森散策」(岩波文庫)から、デュマの「三銃士」について書かれたところだけ先に読んだので、そこの部分の感想を。

この本はエーコがハーバード大学のノートン・レクチャーズで行った文学講義の記録で、全6回分が収められているのですが、「セルヴァンドーニ街~」はその第5回目。
それまでの流れもあっての内容なのだけど、とりあえずそこだけ読んだ印象としては、いやー、面白かったですけど、作家先生は細かいなあ(笑)。

いろいろと勉強になりました。
「三銃士」のセルヴァンドーニ街に関して、自分の読み方は人と違っていたということもわかりました。
読み方というか、パリの街の見方ですね。
パリの街に不案内な人間だったからこそ、エーコのような思索に向かわず、「あれはデュマのミス」で簡単に片づけちゃったところもあったかなと、ちょっと思わされました。

というわけで、その辺のことをつらつらと。





古い人とつながる感覚
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by teri-kan | 2017-08-18 11:42 | | Comments(0)

パリの学生とプレ・オ・クレールの決闘

例の古地図を眺めて以来、パリの成り立ちに興味が向かっているのですが、助けになる良い本はないかと、とりあえず手持ちを探したところ、次の一冊がありました。

「フランス中世歴史散歩」
レジーヌ・ペルヌー、ジョルジュ・ペルヌー著。白水社。

読んだのは随分昔で、内容はきれいさっぱり忘れています。
ほとんど初めて読む感覚でパリに関する部分を再読してみたのだけど、ありました~、今まさに欲しかった情報が。
プレ・オ・クレールという草原が、なぜプレ・オ・クレールと呼ばれるようになったのか、その由来がバッチリ。

せっかくなので記述をそのまま載せさせていただきます。
「三銃士」を読んでる方さえ興味を持ってる方は少ないかもしれませんが、一応さらっとデュマが書いてたことにも、長い歴史があるんだよということで。





続き
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by teri-kan | 2017-08-02 10:26 | | Comments(0)

牢獄・刑場・墓地ツアー

「三銃士」でボナシューがバスティーユに投獄されて、その後わけもわからず馬車に乗せられどこかへ連れていかれるという、大変気の毒、かつ笑える場面があるのですが、そのボナシューの恐怖の道のりを、古地図を眺めながら辿ってみたいと思います。

またまた前回と同様の地図を使用します。
今回は川の真ん中のシテ島から地図で右に進んだところ、赤と緑の線上にある有名なバスティーユ(La Bastille)が起点になります。
バスティーユは元は要塞ですので、当時は城壁(赤と緑の線)にくっついていました。
すぐ上にあるのがパリに出入りするための東の門、サン・タントワーヌ門(Port S Antoine)。
ダルタニアンが上京した際にくぐった門ですね。





おどろおどろしいパリの右岸
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by teri-kan | 2017-07-26 10:35 | | Comments(0)

三銃士が西に東に活躍したパリ

以前パリの古地図が欲しいと書いたことがありましたが、ネットが発達した世の中ってのはありがたいですねえ。
使い勝手のよい貴重な地図がタダで見られる。
なんと素晴らしいことでしょう。

いろいろ探した中で一番のお役立ちはこの地図でした。→ 1716年のパリ
現在のパリと重ねることができるスグレモノ。
なんと右上に古地図と現在の地図を入れ替える機能がついているのです。
航空写真と地図は左上で調節できます。

1716年はルイ14世没年の翌年ですので、1625年から物語が始まる「三銃士」の時代とは離れてるのだけど、革命以前のパリなので雰囲気は十分伝わります。
通りが現在よりシンプルな分、登場人物の行動も理解しやすい。

というわけで、これを駆使してさっそく第一巻の四人を想像しましょう。

(原作では「フォッソワイユール街」というように「街」とあるけれど、ここでは現在の地図に合わせて「通り」を使用します。
地名の単語は古地図から拝借してるので、現代の綴りとは違うところがあります。読みにくいところは適当に書いてるので、違っていたらすみません。)





若々しいパリの左岸
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by teri-kan | 2017-07-24 11:07 | | Comments(4)