<   2009年 03月 ( 30 )   > この月の画像一覧

「フル・モンティ」(1997) 

イギリスのシェフィールドが舞台の映画。

かつては栄えた工業都市も今ではリストラが吹き荒れる景気の悪さ。失業してしまったお父さん達がなんとか現状を打破しようと考え付いたのが自らが出演するストリップショーだけど、問題は当然のことながら次々と起こり……というストーリー。

主演はロバート・カーライル。
閉塞した状況を描いた映画だけど、温かいお話です。

ドナ・サマーの「ホット・スタッフ」が効いています。職安にずらりと並んでいるおじさん達が我知らず腰を動かしてしまうシーンにはクスリと笑いが。
このシーンは予告編でもよく流れていたので観ている人は多いかも知れません。
ここ、名シーンだと思います。音楽の使い方が上手いですねえ。

最後はアッパレ。こっちも拍手したくなるくらいでした。
あそこまでやっちゃったら、全てふっきれてこの先なんでも出来そう。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-31 10:57 | イギリス映画 | Comments(0)

「マイ・フェア・レディ」(1964)

下町の花売り娘を貴婦人に仕立てる賭けをした言語学者が、見事その賭けに勝つ物語。
……という書き方をすると洒落も色気もなさそうですが、この映画は最高に洒落たミュージカルです。

花売り娘イライザにはオードリー・ヘプバーン、言語学者ヒギンズ教授はレックス・ハリソン。



ミュージカルが嫌いという方の理由で「突然歌いだすから」というのがありますが、その理由は実はわからないでもないです。「シェルブールの雨傘」を観た時は私もそういう感想を持ちましたし。
でも楽しい時に自然と歌いたくなるというのは、一般人でも普通にあることでしょう。そういうシーンならば「突然歌いだす違和感」もあまり感じないのではないでしょうか。

イライザが「スペインでは雨は主に平野に降る」(The rain in Spain stays mainly in the plain.)の発音を必死こいて練習して、それがきちんと発音できるようになった時の喜びから「The Rain In Spain」の歌に入る場面は最高で、ああいう高揚感はやはりミュージカルならでは。

「The Rain In Spain」も、続く「I Could Have Danced All Night」(踊りあかそう)も、とにかくイライザの嬉しそうな幸せそうな、自分が生まれ変わった喜びを表している姿はとにかく素敵で、見ているだけでこちらも嬉しくなってくるのです。
この映画のミュージカルとしての一番のハイライトは、やっぱりここですよね。

もちろん後半も素晴らしいです。特にオードリーの美しさにはホレボレします。
ドレスが素敵なんですよ。アスコット競馬場での帽子スタイルがポスターなんかで有名ですが、大使館でのパーティードレスも本当に綺麗で、こういうオードリーを見ると、やっぱりイライザ役は彼女でよかったのだと思います。

舞台ではジュリー・アンドリュースが務めていて、イライザは彼女の当たり役だったそうですが、映画と舞台は違う、ということなんでしょうね。
ジュリー・アンドリュース、とても好きですが。

スクリーンに映える美貌、ファッションセンス、でも歌は吹き替え……。
この映画は人気ミュージカルを映画にする際の課題がよくわかる裏事情も持っています。



個人的には「イライザ」という名に慣れるまでに時間を費やした作品。
私にとってイライザといえば、イライザ・ラガンなんですよ。

イライザ・ラガンさんとは「キャンディ・キャンディ」の登場人物で、主人公キャンディを徹底的にいじめまくる鬼のような女の子なのですが、そのあまりのキャラの強烈さに「イライザ=底意地の悪い性悪女」のイメージが完全にこびりついてしまっているのですね。どうやったっていいイメージにはならないのです。

今でも「イライザ!」と言われれば「意地悪!」が思い浮かびます。
小学生の脳へのすり込みの恐ろしさを感じます。




[PR]
by teri-kan | 2009-03-30 10:55 | アメリカ映画 | Comments(0)

「ルパンの冒険」

アルセーヌ・ルパンが活躍する痛快冒険物語。
持っているのは東京創元社版で「リュパンの冒険」というタイトルなんですが、「ルパン」の方が通りがいいのでそれでいきます。


事件はとある日の夕方、パリから遠く離れた地方の、豪勢なお屋敷から始まります。
屋敷の所有者である美術コレクターの大富豪とその令嬢、彼女の婚約者の青年公爵、令嬢の侍女、屋敷に仕える召使……彼らが集う中、ルパンの「泥棒予告」の知らせが入ってきたからさあ大変。
明朝パリの大富豪本邸に参上すると書いてあるのだけれど、今夜は長距離電話は使えず、パリに連絡とれないなら自分達が行って阻止するしかないのに屋敷のいい車は盗まれて、残っているのは売り払いたかったボロい車が1台きり。仕方ないので列車を使うという富豪父娘と侍女を残し、公爵がそのボロ車を夜通し運転してパリに向かうのですが、警察と共に本邸に踏みこんだ時は時すでに遅し。多くのコレクションが盗まれてしまった後でした。
しかも邸内を捜査中「盗み損ねた宝冠を今夜いただきに参上する」という連絡がまたまたルパンから入ったものだから富豪を筆頭に皆がてんやわんやに。
さあ、ルパンの予告は達成されるのか、それとも敏腕刑事がそれを阻止するのか。

とても楽しい、いかにもルパンものって感じのお話です。

ここからこの作品への愛を語ります。(ネタバレあり)
[PR]
by teri-kan | 2009-03-29 03:37 | アルセーヌ・ルパン | Comments(0)

「シカゴ」(2002)

レニー・ゼルウィガー、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、リチャード・ギア出演のミュージカル映画。
一応アカデミー賞の作品賞受賞作品。

曲とダンスは素晴らしい。とてもカッコいい。舞台が刑務所というのもミュージカル映画では変わっているし、いろいろと目新しいことの多い作品ではあるが、しかし、うーん、イマイチ。

主役の女性二人に共感できないのが致命的。犯罪者だから嫌だとか性格が悪いから嫌だとか、そんな単純なものじゃなくて、なんていうか、つまるところ「そこまで面白いストーリーかあ?」ってことなのですよ。登場人物が皆ペラペラに薄く、お話として全然魅力を感じないのです。

一曲一曲のパフォーマンスはよかったですよ。
でもそれだけ。

舞台で観たらまた違った印象だったのかもしれないと思うんですが、映画でたくさん賞を受賞していますからねえ。
私には残念ながら合わなかったようです。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-28 01:39 | アメリカ映画 | Comments(0)

「コンスタンティン」(2005)

末期ガンに侵された悪魔祓いの男の話。
公開当時、その映像の斬新さが話題になりました。
主演はキアヌ・リーブス。


なぜ主人公が悪魔祓いなんてものをやっているのかという理由が良い。その過去の行動のせいでサタンの偏愛を受けるはめになってしまったところも。

極端なヘビースモーカーで肺は真っ黒、ほとんど死にかけの人がなぜか最後死ななくてすんでしまうのだけど、その理由が……助かっちゃう原因が……笑っちゃうのですよ。
サタン最高。ジョン・コンスタンティン最高。
早く続編作ってくれないかなあ。

大天使ガブリエルは男だか女だかわからない演技が冴えるティルダ・スウィントン。
彼女の台詞は結構共感できます。
「どんな残虐非道な人間でも懺悔一つで神の御許へ行けるなんておかしかないか?」
そううそぶくガブリエルは、しかしやってる事が人間以下。報いを受けて羽が取れちゃいました。取れたというより文字通り落ちたというか、さすが人体(重さは知らん)を浮かせるだけの羽だけあって立派な造りでしたねえ。

この映画のガブリエル、服装を含めて結構好きだったんですけど、次回作が仮に作られるとして次も出てくれるのだろうか。


ところで、この映画のキアヌがすごくカッコよくて、その理由はなぜなのかと考えてみたところ、次のような結論になりました。

その1、やせている。
元々細身の人だけど、この作品では病人の役だけあって日本人になじみやすい(というか私好みの)細さになっている。

その2、白いシャツを着ている。
これ重要ポイント。白シャツが似合うのはいい男の必須条件。

その3、サタンにさえ悪態ついちゃう男前な性格。
虫の息で親指立てる姿、カッチョイイ。


ううーん、やっぱり何から何までいい。
続編作るべきでしょう。なんとかお願い。
いつだったか話が出ていたと思うんだけど、あれってどうなったのかなあ。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-27 10:41 | アメリカ映画 | Comments(0)

「サイコ」(1960)

血が飛び散る壮絶なシャワーシーンと、バーナード・ハーマンの「キィンキィンキィンキィンッ」の音が印象的な、映画史上最も名高いサイコ・サスペンス映画。

怖い映画ですねえー。本当に怖い。何から何まで怖い。

個人的にはモノクロで救われたところがあります。肌に飛び散る赤い血飛沫とか大の苦手なもんで。
でもモノクロだからこその怖さもあります。ベイツさん家の母屋は、ありゃーいかんですよ。見るからに「いかにも」な家じゃないですか。あの地下室なんて、それこそいかにもじゃないですか。

お母さんが振り向いた時、わたしゃ椅子から腰が浮くほど仰天したんですが、うちの母親に言わせると「サイコ」で何に一番驚いたかといって、主役のはずのジャネット・リーが映画の途中で死んでしまったことなんだそうです。主演のスター女優があっさり意味もなく殺されちゃったことにビックリしたそうなのですよ。

聞けば当時ジャネット・リーはとても有名で、そんな女優を、なんといいますか、端役のようにあっさりと殺してしまうなんて、それまでの映画ではちょっと考えられなかったそうなんですね。
そういった俳優の扱いもそうだし、犯人がああいう性癖の持ち主ということとか、とにかくこれは当時の常識を遥かに超えた作品だったのです。

現在もサイコ・サスペンス映画の最高傑作として名を残しているのは、その常識破りのおかげと言えるのだと思いますが、いやー、にしても今見てもやっぱり怖い。

でも最高に面白い。
ヒッチコックすごいわー。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-26 10:08 | アメリカ映画 | Comments(0)

「おくりびと」(2008)

この世を旅立っていく人達への敬意と、優しさと、慈しみにあふれた佳作。

いわずと知れた第81回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品。
監督は滝田洋二郎。主演は本木雅弘ことモックン(この言い方のほうがしっくりくる)。

死(というか遺体)と向き合うことにより生を知っていくということが、四季の移り変わりと共に描かれています。


生と死の対比がとてもわかりやすい。
冷たい腐乱死体と妻の温かい体。
まだ動いていたがために調理できずに川へ帰されるタコ。かつて生きていた物を口にして生きる実感をかみしめる納棺師の社長。
死者と常に向き合う社長の部屋は彼が育てる植物に覆いつくされ、死者と向き合う毎に主人公はチェロを奏で、音をつむぎ出していく。

死者を送る一方で新たな命も芽生える。
自身が肯定された存在だったことを父と向き合うことによって知り、めぐりめぐる命の輪の中に自分もいたことを理解する主人公。
生まれてくる我が子を間にして微笑みあう笑顔は幸福感にあふれてとても良い。


この映画は一貫して存在していた者、存在する者への優しさに満ちています。


主人公は基本的にありふれた、どこにでもいるような普通の青年で、ちょっと流されやすそうな素直なところも含めて、極めて一般的な人だと思う。
だから嫌味がない。
納棺師という仕事が世間的に受け入れられにくいことを十分わかっていて、自分が自分の仕事に対してどう思っているのか、よくわかっていない中で揺らいでいるところは、見ていてこちらも納得できた。
一方で妻の反発もわかる。
「穢れ」の感覚は現在では昔ほどではないと思うけど、でもやっぱり難しい問題。何百年もそういう価値観でやってきたものであるから。



一つ一つの命に対して、人はもちろん、動物や植物、小さな若芽から満開の桜まで、命あるもの全てに優しい映画。

見送ってくれる人がいる人は幸せだ。見送れる人がいる人も。
見送る形がきちんとあるということも。

いい映画だったですね。
アカデミー賞外国語映画賞を受賞したこと、改めてうれしく思いました。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-25 10:51 | その他の映画 | Comments(0)

「マルコヴィッチの穴」(1999)

人形使いの男がマルコヴィッチの頭の中に入る入り口を見つけ、それで商売してしまうというお話。
マルコヴィッチとは、もちろん俳優のジョン・マルコヴィッチのこと。当然のことながら本人もこの作品に出演しています。

とても変な映画です。
私見ですが、こういう映画はその変さをあるがままに受け入れ、面白がればそれで十分なのではないかと思います。何か意味を見つけ出そうとしてもとても無駄なような気が。まあ見つけられなかった自分が浅いだけで、本当は深遠な哲学が含まれているのかもしれません。

にしても、とんでもない話を考え付く人がいるものです。
映画の中のマルコヴィッチはちょっと気の毒で、妙にリアルだったように思います。

この作品、結構いろいろな俳優さんが出ているんですよね。
そういう視点で観てみるのも面白いかも。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-24 11:07 | アメリカ映画 | Comments(0)

「カストラート」(1994)

去勢した男性歌手・カストラートなるものの存在があったことを、私はこの映画で初めて知りました。
その時、彼らが存在した理由を知って、成る程と思ったものです。
ボーイソプラノの声を体格のよい大人が出せば、声はより大きく深く響く。
自然を捻じ曲げて生み出した歌声は、まさしくこの世ならぬものに聴こえたことでしょう。

この映画はそんなカストラートを主人公にした作品で、実在した人気歌手・ファリネッリがモデルとなっています。

作曲家で仕事上のパートナーでもあった兄との確執が話のメインなのですが、この兄というのが絵に描いたような弟と正反対の男。
美男な弟に対してそうでない兄。弟は才能あふれる歌手なのに、兄は才能に限りがある作曲家。
兄が弟に勝っている点は男性機能を持っているということのみで、弟もその部分では(当然のことながら)大きな葛藤を抱えている。
でもそんな二人でも、いやそんな二人だからこそお互いの結びつきは強く、二人で一つの音楽、二人で一人前の男なわけです。

おぼろな記憶の中で強烈に印象に残っているのは、ベッドで女性のお相手をする時、前半は顔の良い人気歌手の弟が務めて、いざ本番になったら兄と入れ替わるという場面。
これって本人達の気持ちはどうなんだーっ。
なんていうか、どっちも虚しくないか?


まあいろいろと驚くことの多い映画です。遥か昔の外国の芸能界が舞台ですから、当然といえば当然なんですが。
もちろん歌声は素晴らしいです。カストラートの歌声再現のため当時のテクノロジーを駆使したそうです。
ファリネッリ役のステファノ・ディオニジは大層な男前で、イタリア男好きにはたまらん美男子。
耳によい上に目の保養にもなる映画で、表面上の華やかさと裏での葛藤が見所といえると思います。


ところで、カストラートがもてはやされた時期は、我が子が将来のスターになるのを夢見て、歌の才能があるかどうかもわからないのに息子を去勢させていた親もいたとのこと。
女郎屋に娘を売るのも酷いけど、男の子にこんな仕打ちをするのも酷い。
金のために何でもする親というのは古今東西どこにでもいますが、人道上の理由でカストラートが廃止されたというのはさもありなんと思います。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-23 10:51 | その他の映画 | Comments(0)

「裏窓」(1954)

足を怪我して自宅アパート療養中のカメラマンが、あまりの暇さによそんちの窓を眺めているうち、とある住人の不審な行動に目をとめる……というお話。

監督はヒッチコック。怪我のせいで車椅子に座りっぱなしのカメラマンにジェームズ・スチュワート。その恋人役にグレース・ケリー。

この映画はなんといってもグレース・ケリーの美しさ。
登場シーンから、もうありえないくらい綺麗で、同じ人間とは思えないほどなのです。顔だけじゃなくてスタイルもたたずまいも完璧で、もうパーフェクトな美しさなのです。
画面からほとばしる彼女の美しさに、どれだけヒッチコックが彼女に惚れ込んでいたかがわかります。そもそもこの作品ではモデルの役柄なんで、美しさが際立つ演出がなされていて当然なんですが、それにしてもホレボレするほどの美貌です。彼女だけでこの映画は観る価値あると言っていいくらいに。

ジェームズ・スチュワートはものすごく安心感のある人。
風貌がやっぱりいいんですね。見るからに信頼できそうな顔してる。

でも覗き見行為は基本的に誉められたものではありません。映画では職業柄仕方ないと納得できるけど、普通のなんでもない人があんな風にして人の家覗いてたらやっぱり嫌だなあ。
お手柄だったけど、ハッピーエンドだったけど、最後のあの姿は、さすがにちょっとバチが当たっちゃったのかもしれないと思います。

上手いオチですね。ああいうセンスは大好きです。
[PR]
by teri-kan | 2009-03-21 01:18 | アメリカ映画 | Comments(0)